67.イラク征伐

*アメリカは、このたびの第二次対イラク戦争の前に、フセイン政権の要人たちに対して、金や、戦争後の地位と安全の保障などを餌にして、密かにフセインに叛き、アメリカに靡くよう勧誘するという一本釣りを行ったが、今イラクの再建に際してこのような一本釣りに弱かったという、弱点のある人々をイラクの要職に据えて行おうとしているから旨く収められるわけがない。

このようなアメリカの伝統的な方法、即ち、謀略扇動を用いて傀儡政権を作り、この傀儡政権を支配し、操って間接支配をするという方法がこのたびの直接的なイラク侵攻において破られてしまった。

ペンタゴン(アメリカ国防省)の意図は嘗てこうであった。

「フセインは生殺しにしておけ。殺し切るな。何となればフセインを殺してしまうと中東地域に対するアメリカの軍事的関与理由が一つ減ってしまう」

しかし9/11テロの後、アメリカは血迷って気が変わってしまった。イラクに対して、(アメリカにとっては前代未聞な)直接先制攻撃をせよと.

アメリカは9/11テロによって、間接支配という従来の方法が行き詰まっていることを思い知らされたのである。

しかし、イラクはアメリカを攻撃した事が一度もなく、イラクがアメリカを敵視したこともない。

イラクは1,990年、隣国のクエートに侵攻しようとする場合でも事前にアメリカの意向を伺った。

実際、今回のイラク侵攻に際してもフセインは色々なル-トを使ってブッシュとの妥協を持ちかけていた。フセインが出した条件はとても譲歩的なものであり、例えば

大量破壊兵器に関しては、アメリカのFBI捜査官を2,000人送り込んできてもよい(受け入れる)

イラクはもうそんなものを持ってはいない

石油利権をアメリカの企業に対して認めることも吝かではない

私(フセイン)はイラクにおいて民主的な選挙を実施するつもりである

バクダッドに拘束している1,993年に起きた世界貿易センタービル爆破テロ事件の容疑者をアメリカに引き渡してもよい

等である。

しかしブッシュは強硬派の側近達と共にもうイラクを征伐しようとする気持ちをすっかり決めてしまっていたのである。

(注)~[実際、1991、第一次湾岸戦争(*フセインの軍隊がクウェートに侵攻し占領したためにブッシュ(父)が国際同盟軍を率いて撃退したがイラク本土にまでは侵攻せず、フセイン封じ込め作戦に転じた)以降、当時の国防長官チェニー(今、息子ブッシュ政府の副大統領)に見られるようなイラク征伐強迫症的な傾向がアメリカの武断派勢力の中に存在し続け、9/11テロがそれに火をつけた。チェニーやブッシュたちはイスラム教徒の、白人キリスト教徒たちへの憎悪と復讐心に内心脅えていて、彼らによる核テロもあるかもしれないと思った。

ブッシュの使命感~(アメリカは世界に対して、最良の社会を提供し、自由と民主の勝利を証明する)~は単なる政治的アクセサリーではない。

ブッシュは「物事を突き詰めようとしない人間」であるという(「攻撃計画」)

この書物によれば、パウエル国務長官はブッシュに対して、

「イラクと戦争をして勝つことは簡単であるが、アメリカはその後、イラクという国家を一時所有しなければならないという羽目に陥ります。大統領はそれがお分かりの上でイラクを攻撃なさるおつもりですか」

といった。

パウエルは、アメリカがイラクのフセイン体制を追放した後、宗教と人種的な分裂を抱えたイラクの占領統治に膨大な金と人員と人的エネルギーを投入し、イラクが民主制国家として一人歩きするようになるまで支配しなければならないのだが、大統領にそのような覚悟がおありかと言ったのだが、驚くべきことにブッシュはこのパウエルの言ったことの意味が分かっていない様子であったと言う。世紀にわたる宗教闘争と戒律支配の経験しか持たない国を暴力で破壊したのち民主主義を人工的に接木することができるものと思い込んだとすれば、恐るべき無知といわなければならない.

しかし、そのことが又ブッシュの強みであり、ブッシュの迷いのない力強さとなった。少なくとも誤魔化したり、しらを切って逃げようとしたりするような兆候をブッシュの中に見出す事が出来ない。

(*チェニー副大統領-ラムズフェルド国防長官-フランクス中央米軍司令官のラインは、少数の超近代化された精鋭軍隊による短期決戦に熱中し、それが全てであるようにしていた。

彼等もまたフセイン追放後のイラク統治に思いがまるで行っていないと言う信じられないような単細胞振りを示した。

このような信じがたい判断ミスは、かの9/11テロのショックの大きさを物語るものであるとともに、もしかしてアメリカの指導階級の質的な劣化がもう進みつつある兆候でもある)

アメリカはイラクに大量破壊兵器拡散、テロリスト養成国家というレッテルを貼り、これをもってイラクに対する直接・先制的言い掛り攻撃の理由とした。そのためにアメリカが戦後イラクに石油の利権を独占的に設定したり、イラクに軍事基地を設定したりするならば、アメリカによる対イラク直接先制攻撃は、完全な石油目当ての侵略戦争であったということになり、アメリカは世界中からの非難を受けるという厄介な問題に直面するかも知れないという危険性を持っている。

そうなれば、9/11のテロも、これはアメリカが受けて当然のものだと云う事になりかねないであろう。

更にアメリカは直接先制攻撃予防(または言い掛り)戦争と言うアメリカにとっては古今未曾有な侵略方式をとった手前上、今までは中東の民主化に対して警戒していたにも拘らず、今度は体面上、イラクの民主化を目的の一つとして持ち出さざるを得なくなった。もっとも、イラク人の幸福や民主化など、それ自体は多分、ブッシュの知ったことではないのである。しかしブッシュはこのたびのイスラム征伐を称して「恐怖政治、大量破壊兵器、テロリズムを基調としている悪の枢軸対、自由、人権、民主を主たる基調とした正義と善の国との戦い」であると世界中に呼びかけて、さあどちらに付くんだと恫喝した。

(注意)1.もともとイラクに対して毒ガスや細菌を供与したのはアメリカである。

欧米人はアラブ人など人間集団であるとは見做していない。彼等は中東を将棋の駒か、せいぜいのところ家畜のようにして扱ってきた。人間が家畜に対するに、何をやろうと背信という概念は成立しない。嘗てアメリカはイランにパ-レヴィという従米傀儡政権を樹立させたが、この政権は、今アメリカが悪として糾弾しているイラクのフセイン政権と同じ独裁政権であり、この男の任期の間、イランでは多くの流血と弾圧があったが、アメリカはこれを認容するどころか、CIAが密かにこれを支援さえしていたのである。だがイラン人達にも魂はある。

イランのイスラム教指導者ホメイニが奮起して国民革命を起こしてパ-レヴィを倒し、併せてアメリカを、そのオイル利権とともにイランから追放してしまってからは、アメリカは隣国のイラクのフセインに肩入れを始めた。その意図は、イラクの力を増大させてイランに攻め込ませ、イランを制圧させるにあり、イラン革命が、アメリカが石油利権を設定している大産油国サウジアラビアとクエ-トという二つの王族支配国家に波及して、この二つの国が民主化でもして、アメリカがその利権を失うことを恐れた為に他ならない。そのためにアメリカはイラクに対して次のような色々な軍事的援助を行っている。

工作部隊や軍人を派遣しての編成・訓練

イランに関するアメリカが得た情報の提供

化学兵器、細菌兵器の供与と使用承認(フセインはイラン軍に対して実際に毒ガスを撒いている。勿論アメリカはこのことを十分承知している)

軍事転用可能な機器や兵器の供与

アメリカによる、イランの油田基地、艦船、民間航空機などに対する直接攻撃・・・等

このようなイラク支援を推進したアメリカ人のうちの一人が、レーガン政権の副大統領であったブッシュ(今のアメリカの大統領ジョージ・W・ブッシュの父親)で、このブッシュ(父)が今度は第一次湾岸戦争において、アメリカの大統領としてイラクと戦争をするのである。

さて、イランと停戦をしたフセインは核兵器の開発を推進し、細菌兵器や毒ガス兵器などを大量生産してこれを輸出した。更に増長を続けるフセインは隣国のクエートに侵攻してしまったから、既に強情なフセインが幾分忌々しくなっていたアメリカは、イラクを叩き、もって過剰になっていた兵器の在庫を一掃し、新鋭米軍兵器の威力を実験かたがた宣伝し、サダムの次なる侵略の標的であるサウジアラビアを防衛し、かの地の米軍基地を拡大強化すべき好機到来と立ち上がってイラク軍を叩き、クエートから駆逐して本国イラクへと敗走させたが、サダムの独裁政権には手を付け得なかった。

時は過ぎて2,001年9月11日、サウジアラビアにおける巨大米軍基地の露骨な存在や、嘗ての、アフガニスタンにおける対ロシア軍戦争介入のための資金源として大いに利用したアラブ系の巨大銀行、BCCIを、今度は大きくなりすぎて目障りだという理由で弾劾し、不正会計、マネーロンダリングなどをあげつらって営業停止に追い込み、この銀行を取り潰すなどアメリカの恩知らずな所業の数々に憎米の念慮を募らせていたアルカイダ一派による、ニュ-ヨ-クの貿易センタ-ビルへの航空機突入テロが発生し、アメリカは自分達の、過去の罪業の影に戦慄し、反動的にイラクとイランとを今度は抱き合わせて「悪」であると宣告し、手始めにアフガニスタンを、次いでイラクを征伐することにした。

これが第二次イラク征伐戦争に到るまでの米英の動機であり、顛末である。

*-アメリカによって悪の枢軸と呼ばれた国、イラン、イラク、シリア、リビアはいずれも封建王制を打ち破って反米的な独立革命政権を打ち立てた国々であり、同時にこの国々は自国の石油を自分達の手中に収めた国々でもある。

(注意)2~アメリカによる支配国に対する内政干渉の基準は必ずしも自由と民主ではない。往々にしてそれは単にアメリカの利権増大と利権保守であり、南米や中東の非自由、非民主独裁政権(中東におけるサウジアラビア王族との資本結合、イランの独裁者パーレヴィ政権工作、南米におけるチリの独裁者ピノチェトによる反動革命促進など)の多くがアメリカの利権を保証することと交換条件にアメリカによって支持され、促進された。