85.共産主義社会には選挙が成立し得ない

 イ.争いのないプロレタリア独裁社会であるから争点がない。

❧世界共産主義化闘争の熱意でも争うか(何だか気が進まんナー)―人民いわく、俺は、ンな事はどうでもエエ。

❧福祉の推進はどうかね―もう理想社会になっている筈だからそんなものはもう要らねぇんだ馬鹿野郎。福祉なんざ有り余ってんだよぅ。

❡平和の推進ならどうか―全世界共産主義化がなるまでは闘争あるのみだ。平和は悪である。

全世界共産主義化の時代は唯物論的科学的弁証法的歴史の必然の法則によって必ず来る。そうなれば否でも応でも平和が向うからやって来るのだから今からガタガタ言うんじゃねぇ。

❀減税をさせて頂かせて頂きます―万物がプロレタリアの共有である。我々の社会には元々税金がねぇ。

(人民いわく~どうせならタダで金券でもばら撒いて呉れや)

 ロ.結論~選挙を始めると、商売の自由化だとか色々と不届きな選挙公約を出す野郎が出てきそうであるから選挙制導入は中止とする。

(12).

実験をすべき必然性

 イ.Marxは資本の性質に対する洞察をしたのだが、[階級の二元的絶対対立→プロレタリア階級による資本家階級の打倒→プロレタリア独裁による世界の完成]という神話に取り憑かれてしまって、この男の知力(天才性は全くない)がこの神話の完成のために集中的に費消されてしまった。

Marxがこの神話の完成のために費やした扇動的なエネルギーは大きい。

そしてこの神話が我々の裡なる真実=搾取というものを今なお照明し続けている。

 ロ.職業的革命屋達―レーニンもスターリンも毛沢東も、搾取~(この誰でも自分がすることを非常に好むが、自分が誰かにされるならば怒り心頭に発して八つ裂きにしてやりたくなるような、そして人間不信の根源である搾取)~を(人にしたことはあるが)人からされたことのない人種であり、したがって労働者階級という観念を弄んだ事はあっても、労働者のことを考えた事が一度もないのは、その生涯にわたる行状に照らして歴然としている。

(革命ではなく)改革は、実際搾取されている人々、そしてその人々を助けようと欲する色々な篤志に溢れた人々によって担われて来ていて、革命屋は単なる悪い便乗者、絶対的な憎悪やルサンチマン(怨恨・嫉妬)、そして殲滅思想の扇動者でしかなかったのである。

職業的革命屋が僭称する革命というものなどによって良い社会ができた実例が一つもない。

労働者の地位改善は、非常に長い苦しい時間を経過して、実労働者自身と、その周辺の気高い支援者達とによって少しずつ獲得されたものであって、革命勢力がもたらしたものではない。本当の闘いは実務的であり、長すぎる労働時間と悪すぎる労働環境を改善して、賃金をもう少しまともな額で払ってもらおうとするもので、実生活上の必要に準拠する常識的であるとともに差し迫ったものでもあった。

これに対して革命屋達はイデオロギーと憎悪と(密かな)野心から出発するのであるから、彼らの行方には必然的に彼ら自身の共食い的な道が待ちもうけている。彼らの主導権争いは宗教闘争のそれに似て、狂犬染みたものだ。そして産業を破壊し、財産を略奪する。

(ロシア革命においては色々な技術者達を殺戮し、強制収容所に追放して、その後釜に何の知識も技能もない下級労働者を、中でも扇動や殺しや略奪に熱心なもの達を、技師や水力発電所長などに抜擢したために、ロシアの産業基盤は破壊されてしまった。

何故に技術者達を虐めたのかというとその理由は、彼らが相対的に高給をもらっているからという理由であった)

常軌を逸した禁欲主義の強制と裏腹に、欲情が陰から噴出する。根底にある人間への不信と猜疑とによって粛清が猖獗する。

レーニンはこう言った。

「能力に応じて働き、好きなだけ取る」―しかし、人間性の必然であるのであろう、人々は「能力以下に働いて、好きなだけ以上に取った」のであり、ルーマニアでもソ連でも中国でも北朝鮮でも、取れる立場にいる人々は、なるほど好きなだけ以上に取り捲った。

党書記長さんが勇んでその範を垂れた。ノーメンクラツーラ(=労働貴族、「能面食らう(つら)」とも書く)達も程々に働きながら職権をもって取れるだけのものは取り捲ったし、下っ端も随喜してそれに見習った。それ故に、歴史の必然の法則に準拠して、世の中が壊滅しないで済む為には、一方に能力を超えて働き、最小以下のものしか欲し得ない階級が創造されなければならない。即ち、資本主義社会に於いて「労働力しか売るものがない」という階級であった人々が、麗しき共産社会において、「鎖に繋がれて労働させられるしかない」階級に必然的な進化を遂げる。その麗しき状態はレーニンによれば次のようである。

「社会主義に於いて、全人民によって行われる労働記録と労働統制から逃れることは非常に困難であるべきである。勿論、迅速で容赦のない処罰が不可欠となる。云々・・・」(「国家と革命」)-(要するに死ぬほどこき使え。怠ける奴は厳罰にせよといっているのだし、実際そうなってしまった。勿論、中途半端にそうした国々は結局経済が壊滅してしまった。)

Marxがとても心配していた事態が見事実現してしまった。古今、奴隷解放や植民地支配開放が共産革命によって成し遂げられた事例は一つもない。

実際、ロシアの奴隷解放に変わって、ソ連ではコルホーズ(集団農場)の中で新しい農奴が誕生した。しかし、この地において、その後には、新しい共産奴隷と少数民族に対する民族浄化政策が出現している。

東南アジアの植民地解放は日本人の触発と協力に助けられて彼等自身の手によってなされた。

領土略奪や民族虐殺を好む共産国家は腐るほどあったし今でもある。これで人民の解放者だと云うのだから笑わせちゃってくれちゃうのだ。