45.転回-権力が自ら責任を引き受ける
権力が、その所有者に与えられた権能に比例する能力と責任を要求しているという定言命令は存在しない。しかし、我々はこのような力の恣意的・偶然的な配分、理由も無く恵まれた者にのみ許された特権であるような神の悪戯を承認したくないのだと言って反抗する。このために報償とともに責任を引き受けない権力は、いつかは必ず崩壊する。
我々は反抗から学習して、我々自身の自由性において、この権力への要求-(権力は有能であり、責任を持つべしという要求)-を自分自身にも向けて課するという転回をする。
.反動形成
ⅰ.人間の権力的関係が存在する理由は何かという質問に対しては合理的な回答がない。
下位階級が何故に自分は下位にあるのかと問う。
金と能力と運と家柄と根気と支配精神が元々ないからだと答える。では何ゆえに自分に金と能力と運と家柄と根気と支配精神がないのであるかと問えば、そこで質問は終りになる。ないからないのだという答えしか出てこないからである。それを受け入れることができなければ、後は自分よりも上位にいるものを皆殺しにするしか他に回答の仕様がない。
選挙によって選ばれようと何であろうと、権力自体には、本来、合理性がないのである。
ⅱ.ここで反動形成が起きる。権力体を自分が所有し、これに価値を投影し、この価値体系に忠誠になる。しかし、この忠誠は実は密かに自分自身に対する忠誠である。だが人はこの忠誠を自分が帰属する神聖な権力に対する純粋忠誠であるものと無意識のうちに自分自身を偽る。偽らなければ結局自分が何者か自分以外の存在の支配下にいるということを受け入れなければならなくなるからである。そのため、自分が忠誠を示す対象は人間であってはならず、それは神でなくてはならない(支配者が神様ではまあシャネーということで自分を納得させるのである)
ⅲ.以上から、我々が神聖視し、忠誠を示す対象に対して、我々はそれが本当に神聖なものであることを要求し、神聖権力者はそのことを自ら証明しなければならないという理屈が出てくるのが分かる。