35.国家Identityの不在または崩壊

1.道徳性を打建て得ないでいる集合体において、共通なものを共有し得ないでヘゲモニー(主導権・支配権)を争い、いがみ合う。そしてどれかが勝ち抜いても誰も納得はしていない。人々は長いものに巻かれるようにして服従し、群がるだけだ。

これらの者達の間においては尊敬に値すべきものを互いに持っていないから、時として地獄的な分裂状況を呈する。この場合、利害とか境遇の一致が原因で統合が実現する可能性は少ないし、実現してもそれは脆いものであり、再び簡単に分裂して互いに利己的に焦り、争い始める。

2.道徳姓を打建て得ないでいる集合体にとって、カリスマ、神、血統、個人崇拝などを押し立てようとする衝動がある。これは自信のなさの表現、無力感への補償、または実際に無能であることの証拠である。其処に民主制を接木したり、してもらったりして見せても、本来の実存(=Identity)は自らの鍛錬のうちから産み出した物ではない。

3.道徳性を自ら打建て得なかった国家、民族は自律を、自己統合をイデオロギーによってするか.

しかしイデオロギーが人の自発性によって信仰されることは決してなく、常に信仰したと思い込まれるだけである。何となればイデオロギーは探究と言う自発性を麻痺させてしまう。イデオロギーは自己を疑うことを知らない。結局、イデオロギーのこのような本質からして、イデオロギーの基本情熱は支配、出世、自己顕示、狂的純粋状態、などと言うものであるのだから、イデオロギーを尺度にして競争し蹴落としあう一方で、広汎な抑圧と強制の社会を作り出す。

宗教を根源に置くIdentity表現は虚偽を押し立てて生存の空洞を埋めようとするものであるから、その表現は拡張主義的であり闘争的である。(彼らは争い、拡張し続けていないと虚偽の化けの皮がすぐ剥げてしまうことを本能的に知っているのだ)

元々が虚妄に根を置くものであるから常時自惚れて、煽り続けていないと自己を維持できない。真実はそれ自体の力によって静かに支配する。しかし、虚偽は祈服や誘惑、そして、暴力によって支配するほかに方法がない.宗教上の争いが不倶戴天の、焼き尽くすような異種反応を引き起こすのはそのためである.

4.ならば、道徳性を自ら打建て得なかった国家、民族は自律を、自己統合を(ぎょく)担ぎによって成しえるか。(ぎょく)を担いでも必ずしも真実を担いだわけでもなく、常に真実を担ぎ続け得る訳でもない。担ぐことによって全員自分の精神を投げ捨てて、右顧左眄、人の形をした枯れ草の如くにたなびき、そよぎ、(ぎょく)の一挙一動に一喜一憂、全体としての挙動は支離滅裂、互いには疑心暗鬼、外から眺めては了解不能な状況を呈するに到る。

5.集合体の分裂と没落は集合体自身の自己嫌悪の反映であり、集合体が自己尊敬に値する実存の歴史(追想)を持っていないと、必要になってから無理にかき立ててもない物はないのであるから、無駄である。それで又しても悪い時間に身を委ねて自己肯定のきっかけを摑むことが出来ず、泥沼からなかなか出ることが出来ない。しかし自分たちの力で出る他に方法は無く、怨恨(ルサンチマン)などに身を委ねていてもどうなるものでもない。

6.道徳性を打建て得ず、追想における自信と先行きの展望を描けないでいる集合体の中の人々が為し得る方法はあるいはこうであるか。-私は私である。そして私を今から私が創造する。

7.一方、集合体Identityは道徳の根拠地でもあり、道徳が人間関係であるために、一人で道徳を演ずることなどは出来ない。漠とした公共は打算的秩序のみを狙い索漠として白けたものである。故に集合体Identityの最良のものは集合体Identityを通して行う個々人の自己表現の(したがって自己道徳表現の)衝動である。

8.ここに到るまで道徳なる用語が何であるかは定義してないが、それが何であるか読者はもうお解りであろう.即ち、それは先に定位した力の抽象的な永遠性から湧き出るものであることを.

9.(歴史の内発性という問題)

国家自我(=歴史とIdentity)が非内発的であるとき、

a.非内発的であることを自ら選択した、その理由の一端が自己内部の欠陥に由来するので、独立は見せかけのものであり、自己統治に失敗する

例~

植民地であったのが宗主国から独立をあてがってもらった場合-植民地にされたこと自体が元々内的な欠陥、未成熟を示す

複数の他国から人工的に分割され、夫々の国々の潜在的な利権支配・経済と政治上の支援等の下に分割された場合-支援に依存したという精神上、体質上の欠陥の存在、元々のIdentityが存在しないという未発達性

外国に依存して内部権力の闘争にけりがついた場合(傀儡政権による国の誕生)-元々依存心、ないしは便乗精神がある上に、誕生と生育過程における負い目、不完全性という自意識が実存の欠陥、実存の疵として作用する

b.非内発性は直ちに権力の非正統性(自己納得が不可能)に連結しているので、もし空中分解しないのであるならば必然強権独裁体制になって息長らえるか、自然崩壊するかだ

c.領土、資源、国防、経済における外国支配、外国利権が国家自我生育上の病害として作用する