25.
テロリズムとの戦いは長期に及ぶであろう。何故ならば、テロは属人的なものではなく、それは一つの「普遍的な方法」の一つであるから、テロ主義は消滅し、消息不明に成り、次いで再び姿を変えて生き延びて再び成長するからである。そのため、対テロ報復攻撃が、疑わしいもの、テロリストになるべき潜在的可能性があるもの(=即ち全人類)を含めて準無差別的な攻撃をする可能性がでてくる。
そうなれば無差別テロを制するに無差別テロを以てするという状態を演ずる事になってしまう。
テロリストたちはアメリカを憎悪しているからテロを行なうだけのことである。しかるにアメリカは絶対悪に対する絶対善の戦いを行うのだと云う。アメリカ人には「なぜ自分達がこうまで憎まれるのであろうか?」と云う訝りの気持というものがまずない。一方においてテロリスト達はこう言う。
「テロ以外の方法でアメリカに恨みを晴らす方法が果たしてあるのか、あったら教えて欲しい」
総て、人間の殺し合いには正邪善悪の別を問わずテロ的なものが内在している。違いは暴力の使い方やその理論付けの仕方におけるお上品さの違いでしかない。力の強いものがする暴力行為は実質テロであるが「正義の執行じゃ」といえば皆ハハーッとかしこまる.非力なものがテロをして正義の執行だといっても相手にはされない.テロか正義かは力関係とこじ付け、謀略煽動できまる.