7.人種

ⅰ.一つの国家に複数の互いに異なる人種が共存しているとき、次のことを受け入れなければならない。

即ち、異なる人種が理念的に統合されて、一つの国家の中で理性的に、そして、完全に対等に権力と階級に参画するということは不可能であり、不合理であるという事である。

人種混合国家においてはある特定の一つの人種がヘゲモニーを取らなければ、その国家は分裂し崩壊する。人は皆、差をつけることによって自己を表現しようとする。人間の団結もまた差別衝動が団結を生み出している。諸人種は夫々別の動物なのであるという事、まずこの事をしっかりと認識してかからないと道を踏み誤ることになる。

ⅱ.単一国家の中で、人種間のヘゲモニー争奪闘争においてルールが開かれていて、能力主義的であるとき透明度が大きいと呼ぶ。逆にルールが存在せず、能力が無視されるとき透明度が無いという。

透明度が100%であれば、その国家はヘゲモニーを担う人種を確定できないままに分裂する危険を持つ。

逆に透明度がゼロであるような国家は抑圧的であり、能力の解放を阻害するために衰退するであろう。

ⅲ.以下、証明するつもりはないが、人種間に優劣があるものと仮定する。優等人種は劣等人種がいるお陰で優等でいられる。実際、劣等人種が絶滅すると、今度は優等人種だけの世界になっては息が詰まる。そこで又分裂をして優劣を別けないと、自分の周りが超優等人間だらけになって大変である。

故に、チェッ!と舌打ちをして侮蔑し、憎悪する快感のために劣等人種は大切なお客様なのであるが、劣等人種たちが奮起をして立派に成らない限りでの大切なお客さんなのであるから残酷な話であり、都合の良い話である。

自分が劣等人種だと思っている人々へ~人権だ、平等だと喚いても所詮無駄ごとよ。大切なのは自らの能力を磨くこと、向上する事だ。自らを助けよ。

第一、君達自身、自分より劣等だと思っている者達に対して、今度は自分が優等人種にされた事と同じ仕打ちをするであろうが。

以上は未だ共通のリング内における優劣観が存在している。しかし、嫌悪感が昂じると劣等人種を完全に非人間視、家畜視、害虫視するに至り、既に畜生相手であるから優越感情の対象ではなくなる。

このときには劣等視された人々はもう大切なお客様ではなく、彼等に対しては隔離や絶滅が願望される。

ⅳ.優劣創造の例示

欧米の白人が有色人種を侵略し、狩り立て、屠殺し、奴隷にしたときには、白人国家の国民はそうすることに対して国家意思としてやる気があったか

勿論あった。彼等の偽造道徳性は次のようなものであった。

        a.有色人種は神が白人達に与えてくれた素材、準人類、家畜の一種であるから彼等を利用することは神のご意思に基づく当然の義務である。

(実際、第二次世界大戦の後直ちにアジアの民族たちが一つの人格として独立闘争に立ち上がるとイギリス、フランス、オランダ、の良心は自然の法則によって揺らぎ崩れ、それが結局彼等の信仰を崩してしまったので彼等はことごとく植民地から敗退した。)

        b.アメリカがメキシコやフィリピンでしたように、「我々は被害者としての当然の正義を執行するのだと」いう被害者工作をする。(この詳細については下巻6-4「エリアスタデイ」~アメリカの謎を参照してください)

ⅴ.アメリカは独特である。アメリカの強い底力は人種的な緊張が一役買っている。人種差別が実際にはあり、人種的な葛藤は物凄いものであるにも拘らず、枠組みにおいて平等(機会の平等)が理念として存在していて、しかも現実問題としても相当程度までは存在していて、このことによって諸人種的ライバル達が一つのリングの上でやれる。この不安を伴う統合が国内の諸権力に安息を許さず、仕事に駆り立てる。

アメリカ以外の国々においては、人種問題は例外なく民族紛争問題であって統合とは逆の分裂から出発している。分裂からの展開は「勝利対降伏」「追放」「絶滅」「隔離(棲み分け)」へと向かい、この過程でプラスのエネルギーは発生し得ない。

アメリカの将来の困惑は人種の多様性亢進にアメリカの理念が耐え切れなくなったときであるが、そこからアメリカが困惑し、没落するのか、または新しいアメリカの理念や秩序、そして、アメリカのエネルギーが生み出されるのかについては未だ分からない。

ⅵ.人種の差が存在する。故に人種間の差別は必ず存在し、そして、この差別は生物学的な差別に準拠しているものであるだけに、理念や法律や協定など、人工的な方法によって解決し切れるものではない。被差別人種は自ら戦うしかない。但し、戦う方法としては、最終的には自らの能力向上努力という方法しかなく、暴力的闘争のみによってこれが全て解決するという見通しは、多分ない。

優越人種は劣等人種に対して準人類、半分猿という気持ちを隠して持っている。したがって劣等人種に対する色々な残虐行為や搾取行為については、何の罪悪感もなく強行され得るものである。

これを抑制するのは良心の作用によるものではない。抑制するのは、報復への恐怖と監視する目である。