「核武装漫談」(佐々淳之)
六カ国協議は「逆=桂・タフト協定」(佐々淳行氏)(諸君2007.12)の一部に関する意見
「六カ国協議は・・・日本外交の大敗北に終わった。日本が切望した.ミサイル・拉致は・・・合意文書にはミサイルの「ミ」、拉致の「ラ」の字も入らないものだった。・・・
日本の安全保障にとっての悪夢は、無防備な日本列島の横腹に突きつけられた匕首となる「反日・核武装・統一朝鮮」の出現だ・・・
(日本は)せめてMD・・・の緊急整備によって、北朝鮮に勝てないまでも軍事恫喝に屈しない、負けないための“針ネズミ”の祖国防衛を急ぐべきだ。・・・・
外務省は対米失望感の表明、核の傘の再確認、F22対日輸出解禁、対中・朝遠慮から遅延しているイージス艦SMパトリオット3型の可及的速やかな対日供与、在日米軍・第七艦隊のミサイル防衛(MD)能力アップを強く要請し、「然らざれば日本は自存自衛のため、その気になれば可能な核保有を選択肢として考慮するという中川昭一・麻生太郎発言が世論となる恐れ大」と、核カードで対米・対中外交を協力に展開すべきだ.
解説:全部既に他の人たちが言っていることと同一であるから解説を省略する
「核武装漫談」舛添要一(朝鮮禿)
「もはや弥縫策では描けぬ日本の針路」~(参議院議員・国際政治学者・舛添要一氏~産経新聞「正論」~2004.9.20)
[戦後は自力の思考停止-・・・外国の植民地や非占領国でなく、まともな独立国ならば、自分の国は自分で守るというのが大原則である。・・・ところが、第二次大戦でアメリカに敗北した日本は、独立国としての原則も矜持も捨て去ってしまった。・・・日本人は、国際情勢とその中での日本の役割について自分の頭で考えることを止めてしまった。・・・このような去勢された日本は、現行憲法の第九条に象徴されている。・・・戦後を総決算し、・・・
新しい国家目標を打ち立てる秋(とき)が来ている.・・・
私達は自分の国は自分で守るという原則を立てねばならない。
しかし、その原則を貫くため、近隣が核武装するときは、こちらも核武装するという選択肢を私はとらない。そこで核大国との同盟という選択になる。どの国が良いか・・・私の答えはアメリカである。・・・]
解説:
1.
アメリカ軍を日本の各地に駐留させておいて、これを人質にとって第三国の核攻撃に対する抑止力にするという方法(今やっている方法)であると、アメリカは、日本が自主外交をして第三国から核攻撃を受けそうにならないよう日本の外交を制肘するであろう。逆にアメリカは自国の戦争のために日本の本土がどうなろうと(いざ戦争となれば)そんなことにチリチリと気を使っている余裕はないであろう。
「戦争は外交の延長である」と言った戦争学者がいたが、それが本当だとしたら逆に外交は戦争の前段階であるわけで、したがって戦争を他国に丸投げ依存した国は外交もその国に丸従属しなければならない。
2.
アメリカの核を日本に誘致しておいて、いざという時に日本のために核戦争をして戴く方法-これは実質日本が核武装をしている事、但しそれをアメリカと云う傭兵を使ってしていること-しかもそのために国土という国家主権の魂を糞まみれにしていることを意味する
傭兵を導入しているから、憲法に言う「一切の戦力を放棄する」という文言はもう破っている.
自分の国は自分で守るという原則を立てておきながら、なぜか核に関しては他人からお守りして頂くと言っているから尻滅裂だ、いや違った支離滅ケツ・・また間違った支離滅裂だ(これでも国際政治学者で東大の先生だ)
3.
「私の答えはアメリカである」というが、誰が考えてもアメリカの他はない。「私の答えが中華人民共和国だ」とか「私の答えは北朝鮮人民共和国だ」言えば、中国や北朝鮮が「そうしましょうそうしましょう」といって同盟してくれるとでも思うかね.
(誰が考えてもそれしかないのに、何が「私の答えは」であるかこの野郎)
4.
「中国が趣味で日本を恐喝し、アメリカが実益で日本を守るふりをして絞り取る」-こういう筋書きもわからないでいる
(日本のデーガクにおいてはこれでも国際政治学者が務まるらしいから、こ、この私でもデーガクの先生になれそうな気がしてきて、何がなんだか訳が解からんのだが、とにかく希望が湧いてきたぞ)
参考a-元防衛庁長官石破茂氏が「国防」という著作を出し、その中で日本の核武装を否定している。その理由として、
1.日本が核武装をすると国際社会が反対するから、日本に核燃料を輸出する国がなくなる。必然日本のエネルギー危機がくる。
2.日本が核武装をすれば、今度はイランも、韓国も、北朝鮮も・・・と言い出して歯止めが利かなくなる。
3.一方に振れやすい日本人の国民性からして、日本が核を持つことは危険である。
この三つを挙げている。
1.に関して~石破は、日本の核武装→各国の反対→対日本核燃料供給途絶-というシナリオを科学の定理であるかの如くに取り扱っているが、このシナリオを書替え、新しいシナリオを誘導するのが政治家の仕事である
(石破はそれを初めから放棄しているのだからどうしようもないのだが、石破だけでなく他も全員そうだから、ここで石破の悪口を垂れても所詮無駄事よ)
2.に関して~現実はこの逆であり、イランと北朝鮮は独自に核武装に走っている.日本に関係はねぇ
3.に関して~この危惧はある。日本人が核を持てば、かつて経済大国、生活大国などと空嘯いたように、今度は世界に冠たる核大国と称してのぼせ上がるのかな.しかし、経済大国と称して世界中に税金を撒いて歩いて、卑しいスタンドプレィをするのに比べればほんの少しましだ)
参考b-京都大学教授中西輝政氏は、2006.10に発生した北朝鮮の核実験に際し、
1.日本が米の核の傘から離れて、核武装することは、中国、米国をはじめとする国際社会の反発を覚悟しなければならない。
2.そして、日本が独自核武装を完遂するために必要な大体10年間、日本は当然米国の核の傘から離脱し非常に心細い不安定な状態になり、中国の攻撃を招くであろう。
・・・ということで、日本独自核武装の道は存在せず、やはり、アメリカの核を日本に持ち込んで代理武装するほかないと主張する。(週刊新潮2006.10.19号~中西輝政緊急発言「米の核ミサイルを即時日本に配備せよ」参照)
解説は省略する
「核武装漫談」(村田晃嗣)
産経新聞2006.11.11核論議是か非か産経新聞2006.11.11核論議是か非か~村田晃嗣氏
[日本が核武装をするには、・・・核拡散防止条約(NTP)から脱退しなければならない。・・・これまでことあるごとに唯一の被爆国と喧伝し、国連安保理の常任理事国を目指す世界第二の経済大国が脱退となれば、世界中で対日批判が吹き荒れ、日本製品の不買運動や事実上の経済制裁が展開されるであろう。
(日本の核武装は)北朝鮮の核開発を受けての決断なのだから、国際社会も理解してくれるはずだというのなら、憲法前文並みの他国への信頼ぶりである.
北朝鮮の核実験に直面して、日本外交が今なすべきことは、次の二つであろう。
まず、日米同盟とアメリカによる拡大抑止(核の傘)の信頼性を高める努力である。・・・第二に核保有国に囲まれながら、非核の選択を維持し続けることの道議的意義を力説することである。・・・]
解説:
・国際社会においては、「ははあ、やつらジャップどもはよほど怖いものと見えて、広島長崎の犠牲者達をダシに使って唯一の被爆国を売りに出しているのだ」と判断されているのが実情である。
日本人の殆どは被爆国の国民ではなく、被爆国を騙る国民であるに過ぎない。実際、真実の被爆した国民は殆ど被爆して死んでしまったのだ。
実際、もし、私が犠牲者(被爆者)であったとし、私の悶え呻く霊が彷徨っているとしたら、こう言うかも知れない。
「どうか日本人達よ、今度はしっかりと核武装をしてアメリカに復讐をしてくれ!頼む!」
しかし、「唯一の被爆国を売りに出して核を放棄し、そのために核の恐怖に屈従し怯え続けてくれ」等と言えば、被爆者達への冒涜としては、これ以上のものがないのである。
・国連安保理の常任理事国を目指す世界第二の経済大国はNTPを脱退してはならないという理屈がどこにあるのであるか.誰が何の権利を持ってそんなことを決定したのであるか.
(大体自分の国のことを自ら××大国などという言い方が気に喰わない)
問題はアメリカ次第なのだ.中国やロシアが日本に対して経済制裁をしようとしても、笑わせてくれるではないか.困るのは中国やロシアなのであるから、できるものならばやって見せてもらいたい。ヨーロッパにおいて、日本の核武装に対する態度は、イギリスはアメリカ次第であろう.ドイツは日本の核武装像を将来の自分達の核武装像と受け止めて密かに歓迎する.フランスは、かつてフランスがタラワで核実験をしたときに、日本の現職の財務大臣であった武村何某(日中友好協力会議のメンバーで、チャンコロによりすっかり洗脳されている)というものが現地に行って反対運動をしてしまったことからして、いい顔はしないかもしれないが、フランスにとって日本の核などは何の脅威でもない.
中東の人達は日本がアメリカによって原爆を落とされたのに、何でアメリカに復讐しようとしないのか?と真顔で訝っている。中東の人達にとって日本の核は何ほどの脅威でもなく、日本と中東やアフリカの人達とは何の恨みもない.台湾と東南アジア諸国は日本の核武装を喜ぶだろう
・大体、アメリカの核の傘を当て込むということ自体「核の選択」そのものじゃないか。
(このやろう馬鹿ではないのか.何が非核の選択だというのか)
・核保有国に囲まれながら、非核の選択を維持し続けることの道議的意義などというものは存在しない
実際、現に、我々は、核大国の核力を当て込んでその国と軍事同盟をしているのであるから、実質上非核の選択などしていないことになる。
「核保有国に囲まれながら、非核の選択を維持し続けることの道議的意義」などというものを自分たち自身でさえも感じてはいない.ただそうしている方が楽だからそうしているだけである
・論者は冒頭において、日本の核武装に関して、国際社会の大反動を理由に日本が核を持てないことを強調しながら、今度は持てるけれども敢えて持たないなどと開き直っている.いったいどちらが本当なのか?
冗談だとしたらなかなか気の利いた冗談じゃないか.
日本の核武装は世界中から制裁を食うから不可能であるといっておきながら、一方において、「核保有国に囲まれながら非核の選択を維持し続けることの道議的意義」というのだが、日本の立場は「非核の選択」であるのか「非核を強制させられ」であるのか、先ずどちらが本当なのかを決めてもらいたいわけだよ.・・・・
ここ一連の検査の素材として上げた著名・権威・言論人・学者達の論文は、責任を持って物を考えず、単に論説を売りに出して世渡りの看板にしているという程度のものであり、その共通の特徴はリアリテイ(=責任能力)の欠落である.
核兵器というものは、その所有を意思するのか意思しないのかという対象なのであって、理屈の問題ではなく、意思の問題なのである。核武装をして、それで撃ち合いをする気組みがあるのかないのかだけが問題で、道義的選択だの受苦の情熱だのというクソ理屈が入りこむ余地などは何もない。
そして、我々が国際社会において国家自我・国家理念を執行しようと意思する限り、国家暴力を持つことが必要条件であり、更にその国家暴力は最強でなければならないというのが古今普遍の真理だ。