附記;2.ソ連共産党は日本がシナと戦争を続け、国力を消耗することを望んでいた。更にあわよくば日本とアメリカが戦争をしてくれるよう手を打っていた。そのためにアメリカの政府と日本の軍部内に、ソ連のスパイや扇動者を送り込みアメリカによる対日処置を残酷なものにしようと画策した(97ページの*参照)
附記;3.日本軍と日本政府における状況はこうである。
首相近衛文麿の取り巻き、ブレーンに多くの共産主義者、ソ連のスパイが侵入していたので、近衛は彼等の唆しによって対シナ戦争をやめようとしなくなった。私は、この、近衛のような人物を、陸海軍がロボットとして推挙し、その推挙に便乗した天皇取り巻きの重臣達、これを近衛の新体制だとはしゃいだ新聞に問題がありと考え、このようなエキセントリックな首相選定の仕組みを許した日本の政治体制の責任として考えたい。(*近衛文麿は既に完全に手遅れになってしまった昭和25年2月になって、自分の失敗を棚に上げ、天皇に対して「軍部の中にあるかの一味を一掃しなければならない。この戦争は日本を一度瓦解せしめた後に共産化しようとする陸軍50年戦争計画によって進められている」などと上奏したので、天皇が唖然とされた)
軍において青年将校たちが天皇絶対主義の元における社会主義思想にかぶれたが、彼等の思想の師である北一輝や西田税はソ連から金を貰っていたか否か、そこまでは判らないが、この二人は明らかに原理的共産主義者である。
この青年将校が引起こした2.26テロ(青年将校たちが共謀し、指揮下にある近衛師団の兵達を動員して、首相以下、大臣を襲撃、射殺しまたは重傷を負わせた)以後、陸軍高官たちも政府首脳たちも中堅将校を恐怖し、抑えきれず、彼等の対シナ、対米強硬論に便乗してしまった。
これも共産党の謀略ではあるが、むしろ私はこのような謀略に無抵抗である日本の体制上の問題として取り扱わなければならないと考える。
4.統帥権の独立という考えのさきがけは、昭和5年、ロンドン軍縮条約締結に際し、当時野党であった政友党総裁の犬養健が政府攻撃のための口実として、自分でも信じてはいない統帥権干犯を持ち出し、「軍令部反対意見を差し置いてする軍縮条約締結は統帥権干犯である」と騒いだのが発火点である。
日本の代議士のレベルというものは今も昔もこんな程度のものの集団でしかない。
この犬養の発言に軍部が乗り移り、マスコミもまた一斉に騒ぎ立てた。かくして・・・
日本が自ら採用し、重い自縄自縛に陥っていた軍の統帥権独立、-この、殆ど軍事支配体制に近似したかのようなエキセントリックな体制を、果たして我々は戦争を経由しないで、自分たちの内部から解消し、正常な体制(政治権力、ということは結局国民による軍に対する統率体制のこと)に転換しえたであろうか.(勿論、シビリアンコントロール体制にしたからといって我々の選択が常に正しいという保証などは何もないのだが、少なくとも「自分たちが自らそうしたのだ」という納得だけはつく訳である。)
現代日本が採用し、または採用しつつある自称、「改革」と称する代物の100%が外圧(主としてアメリカ圧)によってなされているような現実に鑑みても、果たしてどうなのであったろうか.
そして、わが国が、統帥権独立のようなエキセントリックな体制をもってして、対米戦争勝利後の自由世界指導、なかんずく世界赤化をたくらむ巨大な悪魔の勢力から世界を救出するためにアメリカがしたような対共産世界闘争を日本が主導しえたものであろうか.
このエキセントリックな(陸海軍)二つの統帥権権力が無事に成長し続けていたならば、自らの力によってこの体制を変革できたとは思われない。
しかし、このエキセントリックな二つの統帥権権力が無事に成長し続ける可能性はなかった。
日本人達がまだ愚かしくもこの状況に気付いていない間、米国内にはもうこの日本の病巣を指摘する人物が現れていた。
「外国、中でも特に米国にとってもっとも健全で親切な処置は日本の徹底的な敗北と、日本軍の指導層の軍事的な信用を完全に覆すためすべての努力を払うことだ。日本が政治的な健康を保全するためには日本の政治に深く食い込んでいる戦闘的軍国主義者たちという癌を破壊除去することが必要だ。」
(1941.8.21付ホーンベック米国務省極東部特別顧問からルーズベルトへの具申)
何となれば、政治的に増長せる軍は既に絶対的な独裁者であり、ライバルもチェックもないので必然腐敗し崩壊する運命にあるし、実際そうなった。
このエキセントリックな力は必然戦争を引き起こし、その奇形性により敗北する運命にあったのだが、当時、未だなお精強な日本軍に対して、1対1での戦争の相手たり得るのは、世界で、アメリカ軍をおいて他にはなかったのである。
5.世界共産主義打倒の任務はドイツでもなく、欧米諸国のいずれかでもなく、日本でもない、独りアメリカがその代表権を担ったのだがそれは次のような意味で歴史の必然であった。
a.ドイツと日本はこの役割を担う代表権者にはなれない。何故ならばドイツはナチズムという自我絶対の迷妄に囚われており、この迷妄がヒトラードイツの存在のコアであったから世界の指導者にはなれない。
b.日本は統帥権によって軍が天皇の名を騙り天皇をも踏みにじって政治を専断し、日本の不完全な民主主義は、おそらく一度は戦争によって打倒されない限りこのエキセントリックな疑似天皇制から自己改革により脱皮する可能性を持っていない。
c.アメリカの政治と構成が多民族的民主制であったから、アメリカは必然、色々な人種や国からのロビー活動により世界中の地域と国に対して関与しようとする傾向を持つ。その関与は勿論、民主制的な視点からの関与であり、このような性質を持つ大国はアメリカのほかに存在しない。
このアメリカの関与は当然アグレシブな性質を持つ。この点、共産陣営の世界制覇願望は半分はイデオロギーに対する信仰とその信仰を巡って争われる内部権力闘争、半分はその独裁的な弱点の反作用としての自由に対する恐怖と防御本能の反動的作用、この二つの衝動に準拠している。