3-ニ.特攻隊員と大西滝治郎

本当に体当りによって戦争に勝てると判って、その可能性が見えたとしたら、自然に多くの人々が自らそうしたであろう(これは日本だけの事ではなく、世界各国に共通の事象であるであろう)。

しかしこの大戦での特別攻撃はそのような計算が立たないものであったから、なんとしても勝たなければならなず、そのためには特攻をするほかに手がないと思い込んだか、騙されてその気になったものか、強制されて仕方なく出て行ったものか、勝てないと知って、なお特攻の意義を後に残しておこうと考えたか、この四通りの人たちが体当りをした。

勝とうとして限界まで行けば、事態の困難性に応じて手段は特攻的になる。その限界的状況は結局勝ち目が失われてしまったなら、せめて相撃ちが出来ないものかと考えることである。しかしこれは犠牲なのではなく個人の行為であり、戦闘の延長線上にある。神聖とか名誉などといういかがわしい想念が介入する余地も無く、自己犠牲とか愛国などという胡散臭い想念も出る幕は無い。

単に戦争に勝つために無我夢中になるのだ。だがこれを作戦として用いたが最後、戦闘の埒外に転落する。これで戦争に勝ったとしても本当の勝ちではなくて、単に自分たちのうちの、一部要領の悪い奴、運の悪い奴、正直者、忠勇な人々、熱誠なる人々などを計画的に生贄に供しておいて、自分たちだけがちゃっかりと生き延びたという人間集団がここに居るぞと言うだけの事である。

即ち、この作戦が内包する人身御供的な悪魔性によって、結果はどうであれ、存在論上の勝利というものは決してあり得ない。特別攻撃手段が完全な自発性のみによって沸き起こりそして立ち去るのでない限り、これを企画作戦としてやったが最後自分たちの世界(国家)全体の自己溶解を内蔵してしまうから、仮に戦争に勝っても国の前途はない。

大西滝治郎はこのことを察知していて、自分が自分の責任において特別攻撃を企画命令した形をとった。これですべての自発性が大西滝治郎一人によって代表され引き受けられることが出来る。

作戦としての特別攻撃が何分か評価に耐えうるもので有り得るとき、大西滝治郎がその必要条件は何であるのかを示している。それは自己犠牲とか、矢面に立つなどというケチな領域をはるかに超えて、勝利への激情でもあった。

当初、米軍がフィリピンのレイテ湾に大軍を集結して上陸しようとしていた所を、連合艦隊第一艦隊(戦艦主体で飛行機は無い)が行って艦砲射撃で壊滅させるということで、これを捷一号作戦といった。この時とにかく戦艦はアメリカ軍の飛行機攻撃に弱いから、米軍の航空母艦の飛行甲板を一時的にでも使用不可能状態にして置こうということで、そのために一回だけ特攻手段を使おうとしたのである。

この捷一号作戦は肝心の第二艦隊がレイテ湾の入り口のところで、反転して帰ってしまったので失敗した。しかし一方において関行男大尉指揮下の特攻第一号(より正確には第二号で、実際にはその前に大和隊というのが出ている。しかし大和隊の結果は判然としていないという)-(「神風特攻隊ゼロ号の男」-大野芳~光人社NF文庫による)が出て行って体当りによって軽空母(セントロー)一隻を撃沈してしまったから、これを転機として特別攻撃の常用へと傾斜して行ったのである。空母もやれる!と思ったのである。

このあたりから合理主義者大西滝治郎は計算の埒外である世界へと跳躍を始める。そして事実上特攻以外の有効そうに見える選択肢はもう存在していなかったのである。

そして遂には(見かけ上は)殆ど狂気のようになり、二千万人が特攻をすれば少なくも日本は勝たないまでも負けはしないなどと口走るに到っては、日本全体を特攻の中に巻き込もうとしたのであった。

そして最後の最後には次のような考えに沈潜した。

「特攻をしても勝てない。しかしこれをしたという事実と、その追想は残る」

このように、高級軍人や政治家達の中で、特攻によってどう戦争を収束するかという構想を考えていたのは驚くべきことにこの大西滝治朗ただ一人であり、

したがって真に自分の戦争を戦おうとしていたのは大西だけで、あとは全て他人の戦争に便乗して流れていた。

大西滝治郎は次のようなことを言った。

「棺を覆うて評価定まるとか、百年ののち知己を得るとか言うが、自分のやったことは棺を覆うても定まらず、百年ののちにも知己を得ないかもしれない」

「私は無限地獄に行くであろう。しかし無限地獄でもこの私を受け入れては呉れないだろうなー」

だが、全体として陰惨で救いの無い特別攻撃という事象に英雄的な救済の色調を付与しているのは、実はこの後で描写する特攻隊員達とこの大西滝治郎の存在なのである。

訓練をしてきた飛行機乗りが消耗品としてバカづらをして体当りをさせられることは耐え難いものであったであろう。もう体当りなどをしても、見込みが無いことを知っていた隊員も少なくは無かったであろう。反面、キッチリと自分の中でケリをつけて静かに出かけて行った人もいる。しかし隊員の不信、憎悪、中でも圧倒的な生への未練は渦巻き、沸き立っていたのであり、家族や恋人との哀切な別れも沢山あったのである。

しかし多くの隊員が体当りをすればこの戦に勝てるものと思っていてその気だったことにも違いはなく。

少なくとも出撃の時には様々な懊悩を一掃して飛翔し。

体当りの目的を成し遂げるための鬼と化しえたであろう。

実際、そうでなければとても出撃など出来るものではない。

彼等は犠牲者などと言われるのを拒否し、自らの運命を自分で選び取ったのである。

その軒昂たる気迫は今でもヒシと感じ取ることができて。

この精髄は追想に値すべき守護神として現在を生き得る。

実際、

もう一歩のところで火を噴いて海面に突入、海中で爆発して船首がもぎ取られた。

一方いつの間にか超低空から忍び寄ったもう一機が艦橋に激突、轟音と共に・・・

あるいは、既に火を噴いて片翼を失ったにもかかわらず(たぶん搭乗者は死んでいるか、少なくも失神しているに違いないが)飛行機そのものが生き物であるかのようにそのまま飛行甲板に激突、これを破壊してさらに・・・などと特別攻撃隊が米海軍艦船の撃沈、大破、戦場離脱、放棄、沈没などを引き起こしている状況を、そしてそれが執拗にどこまでも延々と打ち続くさまを記録で読み、また記録フィルムで見るときに、沸き起こってくる感謝の気持を制止する事が出来ない。(「ああ神風特攻隊」~安延多計夫~光人社NF文庫、「特攻」~森本忠夫~光人社NF文庫などにその状況が詳しい)

アメリカ海軍にあっては、一瞬のうちに百名を超える死者とさらに血だらけになった大量の戦傷者がのた打ち回り、大爆発につぐ大火災、火の玉の跳梁、浸水などという地獄絵図の中で、色々な艦船の艦長以下、とても多くの者が沈毅、不屈であり、良く艦を最後まで見捨てることなく対処している様子が窺える。(「ああ神風特攻隊」~安延多計夫~光人社NF文庫)