6.フレッチャー~スプルーアンスの米航空艦隊が日本軍の企図を暗号解読により察知していてこれを待ち伏せ、日本海軍の航空主力を殲滅していなければアメリカののミッドウェイは日本軍が占領したであろう。であるから逆に日本軍は今度はアメリカの機動艦隊が出てくる日時と場所(これはもちろんミッドウェイでなければならないがそういう保証は前提としては存在しない-なぜならばアメリカはミッドウェイを当面捨てておくかもしれない)を暗号解読により察知して事前に待ち伏せなければならない。∵日本の艦隊がミッドウェイに常駐待機できないことは、アメリカの艦隊がそうできなかったと同様で、
▶小さすぎて軍港にできない
▶ (日本にとっては特に)遠すぎて輸送が困難
だからである。したがって日本航空艦隊は何時来るかもしれないアメリカの航空艦隊を待ってミッドウェイ近海に釘付けになり長期間ウロウロし続けなければならない。
然るに連合艦隊司令部はミッドウェイ占領→アメリカの逆襲→日本がこれを撃滅・・・という非常に不安定なシナリオに単細胞的に固執してしまったのは無能を通り越して異様でさえある。だが、五十六の密かな、しかし、大胆すぎる意図は[ミッドウェイ占領→直ちにここを足がかりにしてハワイを攻撃(もしできるのであれば占領)→でてくる米機動艦隊と決戦する]というものであったのだが、軍令部などを信用していない彼は、自分で直接軍令部に行ってその話をしようとはせず*、その役割を参謀に丸投げした。
山本五十六は上記のような軍令部や第二艦隊司令官近藤信竹の懐疑を頭ごなしに封殺し、この案が実現しないならば俺は辞職するといって恫喝して呑ませたが、有難くないお土産として北のアリューシャン列島抱き合わせ攻略を呑ませられてしまった。
山本はこの作戦計画を各艦隊の長官、艦長に対して披瀝説明する席上、
「この作戦に反対するものは即刻退艦せよ」と一方的に申し渡したが、相手が名にし負う山本五十六とあって、恐ろしくて誰も何も云えなかった。
*真珠湾奇襲の成功後、ミッドウェイ戦までの間長官は大和から動かず、一度も中央に出かけることはなかった~(元連合艦隊司令長官従兵長近江兵治郎回顧録)
7.米機動艦隊は珊瑚開海戦に次ぐ二度目の実戦で、始めから自由野戦しか経験していない.
日本機動艦隊は、特に南雲-源田ラインはすべて成功体験が据え物斬り作戦であったため知らず知らずのうちにその性癖が思考に染み付いてしまった.
ミッドウェイの作戦そのものが工程建築的な据え物斬りであり、実戦における源田参謀の指揮も知らず知らずのうちに据え物斬り作戦になっていた.
それが、次の二点によく現れている.
1.ミッドウェイ島に対する再攻撃の必要ありという報告に対して、全兵装を陸攻用に切り替えようとしたこと
2.米空母発見という報告を知った後の、万全準備方策、即ち、
-a.戦闘機の着艦と燃料注入をやり、
-b.全兵装をふたたび艦船攻撃兵装に組み替えて万全を期そうとした.
8.運命を引き受けるということは結果を自分で出すということであるが、戦闘に於いてはそれを司令長官が担う.しかし、南雲司令長官はそうできず、源田参謀にそれを委ねた.即ち、単に委ねるというだけでなく、仮に委ねたのだとしても、委ねたことにより発生するその結果を引き受けようとはしなかった.源田参謀は勿論立場上司令長官にはなりきれない.したがって、誰かがやるだろうという無意識が全体を支配し、そのため、「結果を出そう」というのではなく、「つつがなくやろう」という意識が全体を支配してしまった.そのため定石尊重という想念が支配的な雰囲気になってしまっていた.