ミッドウェイ作戦に対する総要約

1.この作戦は渡辺安次連合艦隊主席参謀が責任者として作成したが、鬼才と称される黒島亀人参謀が実質上の主導権を取った。

当時既に「鬱」の兆候を呈していた山本大将はこれに関して、殆ど彼らに丸投げ状態の姿勢をとり続けた。

そして、最後に、またしても、問答無用、「軍令部がこの作戦に反対するならば、私は辞任するぞ」という不合理な恫喝を以ってこの作戦を軍令部に呑ませた。

しかし、以下に述べる理由からこの作戦は、対戦相手がある戦争の作戦ではなく、奇才芸術家が自分だけの世界で惑溺する芸術作品類似の性質のものであった。

2.この作戦は

「アメリカ航空艦隊が戦意喪失中である→そこで今ミッドウェイ島を占拠し、→やがて反攻してくる米海軍航空艦隊を邀撃捕捉し→総決戦を行う」

という建築芸術的工程表に束縛された、宇垣連合艦隊参謀長が、かつて南雲艦隊を評して言った「据え物斬り作戦」の自家版であり、

「陽動的にミッドウェイ島を攻め、わざと隙を見せ、初期段階から米艦隊の進攻を誘導しつつ艦隊決戦を志向し続ける」

ような戦争的な作戦ではなかった。そのために南雲機動艦隊において、第一工程(ミッドウェイ島攻略)に気を取られすぎて、それが日本艦隊の致命的な隙になって逆にやられてしまった。

3.しかし、山本五十六は、この敗戦の失敗により軍法会議にかけられることもなく、逆にこの敗戦はひた隠しに隠されてしまった。

4.ミッドウェイ海戦は戦力の補充能力が関係しない短期戦であったから、互いのそのときの保有戦力だけを考えて戦力自乗の法則を適用できる

戦力消耗率=1(戦力/1時間)とすれば、日本の航空母艦4に対して、アメリカの航空母艦2であるから、

日本の戦力消耗率は1/16、

アメリカの戦力消耗率は(1/4=)4/16

したがって(単純計算によると)4時間後にはアメリカの戦力はゼロに、そして、その時点での日本の生き残り戦力は(16-4)/16=3/4もある勘定になるのだが、そうはならなかった。

このことは戦力が[兵器の質×兵器の量]というような兵器だけで比較するという単純な要素によって決定されるものではないということを示している。

5.時系列的描写

a.珊瑚悔海戦(ニューギニア島沖合の珊瑚悔において日米がともに2隻対2隻の航空母艦を使って対戦した初めての本格航空戦闘)によってアメリカの航空母艦レキシントンが撃沈され、もう一隻のヨークタウンも大破して撤退した。

これにより、日本海軍は米太平洋艦隊保有航空母艦総4隻のうち、実働航空勢力を残る2隻と判断し、したがって、当面は航空母艦戦力比を6:2と考えた。

しかし、実際にはヨークタウンの損傷は外見ほどひどくはなく、米太平洋海軍司令長官ニミッツが、自身ヨークタウンの船体を調査して、3日で使えるようにせよと命令した程度であった。

b.しかし、日本側におけるこの6:2の判断は日本側に対して気持の余裕をもたらした。

だが日本海軍は余裕を感ずるべきではなかった。∵優位や安息ということは(アメリカとの戦争が終わらない限りは)ないのである。

c.山本五十六はこの6:2に対しても未だ満足せずこの比率を6:1とか4:0とかにしておいて、そのときが停戦講和の機会であると考えていた

d.そこで編み出したのがミッドウェイ作戦であるが、上記余裕が災いしたものであるか、作戦の筋書きが芝居のように一方的独りよがりになってしまった。しかし、アメリカが日本の筋書き通りにはなってくれなかったのである。

e.その筋書きはこうだ。

「アメリカに見つからぬように近づいてミッドウェイ島を占領する」→「これを囮としてアメリカの航空機動艦隊を呼び寄せ艦隊決戦を行う」

f.筋書きにおいては「ミッドウェイ島を占領する」ことになっているからこれは極秘で完了させなければならない。そのために目昏ましとして余裕の6隻から2隻を割いて北方アラスカのアリューシャン島への攻撃に振り分けてしまった。

g.ミッドウェイ島占領に気をとられすぎたため航空艦隊司令部が索敵作業を大きく手抜きしてしまったのだが、6:2の余裕が「アメリカの航空艦隊はすぐには出てこられないであろう」という憶測につながり、この憶測が潜在意識として司令部を密かに支配してしまった。

h.筆者の後知恵であるが、次のようにすればよかったかもしれない。

空母6隻を持って出動し(一隻をミツドウェイ島の爆撃に使い、もう5隻を出てくるかもしれない米空母の撃破に備えて待たせておく)、爆撃を終わったら油断なく帰る。アリューシャン攻略のようなことはやらない。

これを執拗に何度もやれば(いくら6:2でも)アメリカ海軍は出てくるであろう。

これでもし出てこないようであれば、今度は本当に島を占領してもやはりアメリカはすぐには出てはこないであろう。そうなれば作戦は失敗するが、日本機動艦隊は保存され、その上に帝都東京空襲へのお返しという結果が出てくる。

i.我々は何ゆえにかくの如き余裕を感じたのであるか?

それは、中央政府、大本営、軍令部は勿論、就中、連合艦隊ならびに機動艦隊司令部においても、山本五十六を除く他の人々が、対米戦争の最終標的(アメリカを支配するか、途中で講和をするか-果たしてどこまでやって講和が可能であるのか)を巡って懐疑模索せず、当面の、刹那的な勝ち負け状態の良し悪しによって一喜一憂するものであったために発生した楽観によるのである。