2.真珠湾奇襲攻撃-ミッドウェイ海戦
2-イ.ハワイ攻撃
歌を忘れたカナリヤ
「私が海軍兵学校に入校したとたんから、なにかにつけて映ることは、“お前に敵はアメリカだ”ということであった。当時、日本海軍はアメリカ海軍を第一想定敵に設定していた。・・・日本海軍一切の軍備は、アメリカ海軍をマークして進められていたのであった。そして、いまや建艦競争のまっ最中であって・・・」
~「真珠湾攻撃総隊長の回想-淵田美津雄自叙伝」
しかし、日本海軍の主食である石油と鉄の供給はアメリカにその90%を依存していたから、アメリカに勝つためには、先ず石油と鉄の供給先を、それもアメリカを敵に回した場合でも日本がアメリカの妨害を排除して確保できる供給元の確保という問題を、対アメリカ戦の軍備や戦術が成立する以前の基本条件として解決していなければならないのであったが、海軍はもとより、国家大としてこの認識が欠落していた。
ということは、日本海軍は「アメリカに勝つ」という命題を、単に海軍組織存立と海軍組織権益拡大のための理由として呼号し、この時点で既に勝利意思を投げ捨てた海軍、即ち、勝つことを放棄した海軍だったのであり、軍艦の築造と運用を中心とした権益のための権益追求官僚集団と化しつつあった。
そのために中軸高級海軍軍人たちの非常な無能化・無責任化が必然的にもたらされ、海軍の、権益追求官僚集団化に対して異論を唱える良識派や、天才派の人物は排除されていった。