13.戦争理由
戦争を肯定するわけではないが、遺憾ながら戦争を始めてしまった以上は必ず勝たねばならない。
正義は戦争に勝とうとするが、戦争をするために勝とうとするのではない。
勝つことが正義の全てであり、それが平和を保障する。
勝とうとしない、もしくは勝てない国家戦力は悪を誘導し、戦争に誘い、結局は戦争に立ち上がり、そして敗れる。
自給自活能力の少ない国、外国との交易によって生きることの比率が高い国ほど戦争を抑止するために強い国家戦力を保持し続ける必要がある。
そのときに、特に重要なことは、戦争理由として、
*神聖概念に拠って立ってはならない
*憎悪に拠って立ってはならない
この二つである。この二つの心性はよく結合し、相伴って出てくる。戦争というものは、その理由を明白にしなければならない。しかし、その中に自己神聖概念と憎悪が入っているとき、これを排除しなければ不利である。人が戦争をするのは、自己神聖という主張を貫くためでも、憎しみを晴らすためでもない。人が戦争をするのは単に勝つためにするのだ。
神聖概念と憎悪とは、勝ち負けの計算を度外視して人々を戦争に駆り立てる。
神聖概念と憎悪とは、人々をして判断力の鈍磨に陥れる。それは正常な人間の状態ではない。
神聖概念と憎悪とは、敵を正確に知ろうとする気持を阻害する。
神聖概念と憎悪とは、自分自身を頼る事(それは苦しい事であるのだが)を放棄させ、責任を転嫁させ、人々の目を昏まし、責任から逃避させる。
神聖概念と憎悪とは、道徳的な退廃をもたらす。
何となれば、この二つの変態想念のもとで、全ての事が、何をしても許されるように思えてくる。
神聖概念と憎悪とは、人々の自由を抑圧し、そのために組織の活性が阻害される。
*(再掲)-国防線を越えて制圧しあおうとする必然性-したがって、実際に国防線を越えて行こうとするか否かは別として、互いに国防線を越えて全面制圧戦争に突入しようとする危険が存在するという認識と気組みと準備をいち早く持っていなければならない。漫然、都合の悪いイメージから目をそむける側は敗北する。
全面殲滅戦争にいたるイメージを覚悟し・・・そして、そうすることによって真の調停、妥協、手打ちが可能になる。
*(再掲)-出世競争能力でなく、戦争に勝てる能力が人事考課の基準であり続けること
*(再掲)-紛争における排除難度3乗の法則
-紛争の芽は早いうちに根絶、制圧しなければならない。それは早ければ早いほど、そして、徹底的であればあるほど良い。