4.仮想敵国

一般的な前提

国の動機は理念的・道徳的なものではなく権益的であることが基本であり、これに理念や道徳が、時として方向付けを行い、又はせいぜい味付けを行うのだが、しかし、この事実に対してニヒルな、またはシニカルな認識に基づく対応をすれば、人間の堕落は直ちに無際限なものとなる

権益とは何か

Ⅰ.先ず経済的権益

Ⅱ.次に通貨的権益

Ⅲ.最後に唯一者の地位を欲する盲目的権益

第Ⅲのものが基底的であるが、三つの権益衝動又は権益理由は補完的・循環的・一体的であり、互いに原因→結果という意味における因果関係的ではない


A.仮想敵国になる外的条件

1.勢力圏の境界を接し、又はこれから勢力圏にしようとする互いの願望区域が競合していて、しかも勢力膨張の時期と波長が同期をしている

2.怨念又は伝統が存在することがある

B.仮想敵国になる内的衝動

1.権力が仮想敵国を設定する

2.権力体の内的な構造、即ち仮想敵国に勝つというという標的が権力体内部の評価基準であるため、仮想敵国の像が強調され増強されるという内的な構造が存在し、自己増殖する

権力の中枢が外敵を設定すると、それと同時に、ときにはそれに先行して内部権力闘争が互いに自分の方向を主張し、敵の像を増幅し、先行して紛争を始める.権力の統制力が弱い場合や、権力が計算してそうさせる場合に戦争の原因になる.

3.相互作用、即ち、仮想敵国同士がお互いにそう仕合うから、一方的に自制できない(自制すれば食われる)

以上から、仮想敵国ごっこと言いながら、その時は既に本当の敵対

を内包しているものである


対ソ核攻撃計画(アメリカ)

核武装国が非核武装国に本格的核攻撃をしようと計画し準備した典型的な事例は、第二次世界大戦終結と前後して始まった米ソ対立の初期におけるアメリカのソ連核攻撃計画に見られる.

これはアメリカとソ連との間で発生した史上最大の仮想敵国ゲームであるが、世界全赤化の恐怖が幻影でしかなかったとは言いきれない.

統合参謀本部(JIS)が主導するこの計画は、

・70個の原爆を30日間にわたってソ連の主要軍事・政治拠点と産業を標的に投下し、

・そのあと、米特殊部隊、反共産主義亡命者組織(大量のナチス残党を含む)で編成された戦闘・工作部隊がソ連に侵攻して廃墟の後始末をしつつ、後に来るべき非共産・民主的政権の基盤をつくる

というもので本気で計画した.

(特殊部隊や戦闘工作部隊に対しては、「核攻撃後の放射能汚染されたソ連にゆく」ということは秘密上直前まで秘匿された.)

しかし該計画は、ソ連がもう核爆弾の製造に成功をしてしまったことが判明したために、相互核戦争を恐怖して中止になった

(「冷戦戦に憑かれた亡者たち」クリストファー・シンプソン.1974.時事通信社)

なお、上記史実は、次のような非常に単純な真実をも証明している.

即ち、核武装国間では核攻撃が起きないが、核武装のない国に対して核武装国は核攻撃をする可能性が存在するということである


事態的な進行

a.仮想敵国を設定して戦略・戦術を工夫する。

この工夫に準拠して実際の準備をするとき仮想敵国が潜在敵国へと成長して、不倶戴天性のイメージが出てくる。このイメージは単純な利害打算の対立からなるものではない。このイメージを予兆と呼ぶ。互いに予兆を持っていない間柄の中では利害の対立があって争っても、それは単に争い事であって、暴力的なイメージを伴うことなく一回毎に折り合いをつけることは可能である。しかし予兆をもってする闘争は、利害の対立に加えて実存の世界表現に関わる対立のような色調を与えて、もっと容赦妥協のないものに仕立て上げる。我々の世界表現は関係しあうことによって可能であり、その関係は必然、支配権を争い、勝敗を決めようとする関係を含む。

したがって対立の理由を理論的に解析し尽せないし、経済的、地政的な理由だけに還元し得ない。

それは人間集合の、活性化への本能と関係しており、それは又、盲目的な主導権闘争であり、幻影と現実の交響(スパイラル)であり、戦争計画のための戦争である。

(例)-(日本とアメリカの戦争は必然的であった。そのコースというものは次の通りである。

「日本の近代化→イギリスとロシアのアジアをめぐる利権闘争+日本の、ロシアによる東アジアへの侵略に対する防衛=日英同盟+アメリカによる日本に対する戦争資金供与→この体制による日露戦争の勃発と日本の勝利→日露戦争終結に対するアメリカの尽力。しかし、アメリカの対中国大陸進出要求に対する日本の拒否(満州鉄道共同経営拒否など);一方で日本人移民に対するアメリカ白人達の嫉妬迫害とそれに対する日本人の憤激;黄禍論;白人優越感の危機→日露戦争終了以後、日本海軍はアメリカ海軍を対象として訓練育成をする他にない。何となればロシア海軍は壊滅した。他に日本海軍を脅かすような海軍がアメリカをのぞいては地政的に存在しない。しかし、日本の石油供給はアメリカに依存していた。→アメリカは日本を一度は叩かねばならないと思い始める。何故ならば、太平洋の向こうにいるアジア覇権の障害は日本である。→アメリカによる日英同盟解消工作、日本の海軍軍事力増強を抑止させるための日米英間軍縮交渉の推進」→満州事変も対ドイツ間同盟もこの必然過程の単なる発火点でしかなかった。)


b.陣営的な結合をしたり、引き剥がしをしたり、支配-従属関係に入ったりする時に、暴力的強弱が占める役割は、一つの統一体系内においては縮小する。それは近代国家の中での個人対個人、集団対集団間の関係に見られるように、法と道徳による支配の中で極限的にはゼロに収束してしまうように見える。しかし地球大で見ると、国対国の関係においてはこのような統一が存在しえない。何故ならば地球大における統一は、その統一体を制肘する外部を持たない単体と化すからであり、単体の本質は無制約な独裁である。(丁度自己の自己自身に対する関係が独裁であるように)故に地球大において眺めると、ここに統一を求めることは不可能であるのが解り、統一の存在しない世界関係が普遍的とであるために、その中での暴力的な強弱関係は役割を縮小していないことも解るである。暴力は究極的に、無制約的に、そして物理的な可能性をもって存在しており、暴力の可能性が益々秘められ、抑圧され、自制され、地下に埋め込まれはするものの、可能性自体は元の分量のまま減少することなく存在し続けて、それはただ潜っただけなのである。したがって、国際関係の中で、暴力上の強弱もまた一国の地位と主体性決定因子のうちの一つであり続けている。

武装を捨てた国がそれを売りにして同情や幸運を当て込んでもその保証は何もなく、何か発言して見せてもポーズや願望に止まっているから侮蔑され、責任を担う気が無いように見える。


c.覇権的構造自体が我々の標的である訳ではなく、世界の究極的な本質でもない。何故ならばそれは克服されようとする対象であるからである。しかし、我々は常に覇権的構造に立ち戻り続けて、その克服の永久的な完成に至ることができない。

その理由は、我々が生きるということの中には、我々を束縛する色々な制約の中から躍り出る行為が空気のように付き纏って存在していて、我々は常時不断に制約の中から出発し続ける他はないのだからである。


d.人は何かしようとする場合、実際に自分のしていることが役に立っているのでないと駄目で、さもないと行為の不毛さによって蝕まれ疲れてくる。だから暴力を準備する全工程で仮想敵国を立てて戦争の予行演習をする。これを一般的には二国が両方で行いあう.仮想敵国の的を絞り得ず、それ故に目的意識を失っている軍隊は空虚な自己目的運動を展開するしかなくなり、権威そのものの自己目的化が発生して、閉じた世界の中で堕落し、金銭収入と階層序列のための陰鬱なお務めに耽る。


e.互いの仮想敵国に関する表象はいずれ互いに感応し合い、諸表象間の相互触発が起きて新しい敵対心が出てくる。色々な懸案項目の雲行きが怪しくなり紛争に発展する。交渉をして抑えることができたものを、互いに打ち砕きあうほかには選択の余地がない対立項目のように仕上げる。

国内から沸き起こる敵愾心に煽られてとそれに乗り、一方においてそれを煽る指導者階層対民衆の関係がスパイラル状に進行する。

ⅰ-仮想敵国懸念-(イ.地勢、人種、宗教、その他色々な戦争誘発的状況の存在。ロ.予感、予兆、予期の存在)

ⅱ-仮想敵国にする

ⅲ-国内の権力問題に関わる色々な思惑が上記の動きを内面から促す

ⅳ-仮想敵国にしてしまったことによる諸状況の主観ならびに客観上の変化-今にも相手が攻めてきそうな亡霊に取り憑かれる。常に相手を上回る軍備をして置かないと安心できない。-こうして互いに敵を育てあう

ⅴ-ついに本当の仮想敵国に成り合う。そして本当の敵対へと行く

予測-計画-準備の過程において予測の何割かは予断、対立願望をすでに含み、残りが現実認識に準拠した予測である。よって、予測はその予測を実現させようとする傾向をすでに内蔵していて、予測が自らを実現しようと志す。


f.戦争を一つの選択肢として準備する場合、本当に実戦を行うということを前提にして準備しなければならない事は言うまでもない。その準備が実戦的であればあるほど、そして、準備が進行すればするほど、よほど外交的な成果が満足を与えない限り実戦へと導く衝動が支配的になってゆく。

ひそかな動員配置、輸送、偵察、起こりうる反撃や突発事項に対する処置・・・その他無数の解決しなければならない事項が山ほど出てくる。いつまでも隠密的に準備行動を続けられるわけはない。早く!早く!・・・途中で止めてしまえば期待して乗ってきつつある他国や他国の人々を犠牲にするかもしれない。そして、全く別の国や人々には舐められ・・・。


g.互いに仮想敵国を立て合って国家暴力を準備すると言うことは恐ろしい危険性を持つ。

何となれば、互いに仮想敵国と実戦をしようという誘引が非常に強いからである。それは次のような事情に由来している。

イ.税金、人力、エネルギー、の費消という既成事実が進行し、蓄積してしまった。そのためにもう後へは引けないという気持ちにされてしまった。

ロ.対内、および対外的な仮想敵国的、潜在敵国的宣伝が浸透している。

ハ.仮想敵国との戦争が国家暴力機構自らの-ということは国民自らの存在理由であり、体面である。

ニ.長期間における訓練と習慣と蓄積により、「何とか勝てそう」という気持ちになる。

・・・しかしながら、そうは言っても、日頃から仮想敵国を実戦で真実(リアル)に打ち負かすという想念が欠けていては、その軍隊は気が抜け、スカスカになり、結局自己満足自閉軍隊ゴッコ集団になってしまい、しかも上述イ、ロ、ハ、ニ、に挙げたような諸要因が災いして、衝動的に実戦を戦ってしまう。

そして、後に残るのは、別稿(「史伝-真珠湾攻撃-ミッドウェイ海戦-体当たり特別攻撃」の「目的対手段」の項)に述べたように、結局「勝った方が勝ちである」という単純で酷薄な真実が全てを支配する。

h.権力の空白を埋め合わせるための、或は暴力経済運営維持のために、半分は潜在敵国に圧迫され、残る半分は潜在敵国を創作し、脅威を煽る。敵国の我が方に対する敵意や軍事力を過大評価しつつ互いに煽り合う。

このように、もっぱら政治的な理由が敵国対立関係の発生源であるとしても、ひとたび発生し、敵対の罠に入ってしまえば、それは既に本物の、対立の本源的必然状態に転化しているので容易には抜けられない。

第一に人間は本能的に対立を好む。

第二にもう互いの猜疑心を晴らすことができない。