ハ.蛆虫民主制に対する警戒と防御-民主制は緊迫の中でそれが試され続ける。(これは宿命だ。)そうしないでいると蛆虫民主制というものに変質する。蛆虫民主制の兆候は次のようなものだ。
a.不決定、決定の遅れ、決定の齟齬、誤決定、決定の不実行、が常態化する。これは権力を巧く形成できなくなっているときの主要な兆候である。
b.倦怠、奢侈、退廃、自堕落、道徳の消滅、何物をも引き受けようとしない状態、個性だと称して得体の知れないものがあやしげな自己顕示をすること、不正はしたほうが得だ、等。
c.教育上の自信のなさ、技術、学術のレベルの低下。
そこでこのような危機を察知すると本能が働いて緊迫を作ろうとする動きが一部に出てくる。暴力的な鍛錬と制御はその有力な一つの方法になっている。
ニ.暴力行使に伴う苦痛や破壊と、暴力行使によって得られるメリットとの間の比較計量が存在する。この計量によって破壊や恐怖や良心の畏れなどに対する利益の大きさと戦争欲求の激しさとが十分に大きければ戦争をする可能性が出てくる。しかし先進国間で互いにこのような状況に陥り合うというイメージを描くことは今のところ難しい事である。
ホ.雨が降ると地面はぬかるんで軟らかくなる。
しかし、雨がやんで日が照ると今度は地面が固まって、雨が降る前よりもっと地面がしっかりする。
丁度そのように、国対国の間にも雨がこれから降る状態、あるいは雨がいずれは降らねばどうしようもない、という状態があるように見える。・・・が、その理由は、と突き詰めると、一度は決着をつけないといけないのだからそうなのだという理屈にならない答えしかでてこない.
領土的な小競り合いであるとか、過去の恨みであるとか色々な戦争要因はあるにはある。しかし、雨の上がった後においては、それは直ちに戦争の理由になることは殆どない。
領土紛争や怨恨や支配力争いなどは、雨が降る(戦争をする)原因なのではなくそのきっかけにしか過ぎない。真の原因は雨が降らねばならないから雨が降るのだとしか言いようがない.
アメリカとイギリス、アメリカとドイツ、アメリカと日本、イギリスとドイツ、ドイツとフランスはもう雨を降らしてしまった、この五カ国間にもう一度雨降り前の状態が再現するということがあるのだうか.有り得るのであるとしたら、それはどのような要因の数々を必要とするのであろうか.どのような経過をたどってそうなってゆくのであろうか.
例えば地球上に存在する国がこの五カ国―日、米、英、独、仏―だけであるとした場合、この五カ国はもう軍備を迷うことなく捨ててしまえるのであろうか.それは解らない.
ニ.民主制国家間においては国対国としての正規戦争が起きる可能性が低い。若しその様な事が起きるとしたならばそれは一方が他方に対して、もう立ち上がるしかないと思わせるような仕打ちをしたときに限るであろう。しかし、議会と国民の良識と監視がしっかりしているのであれば、民主制国家は決定的な挑発を自制するであろう。但し、相手を自制させるに足る軍事力をもう一方が持っている場合に限ってこのような事が言えるのだという条件がつく.
何処までやれば怒って立ち上がるのかという判断基準の非常に重要なものが互いの国家軍事力レベルの格差である.