3-5.発生から熟成への過程

イ.-人々は権力の候補者に対して、親切であるか、望みやロマンを与えてくれるのか、恐ろしいのか、強力であるのか、損か得か、など色々に判断推理(嗅ぎ分け)をする。しかし特に力の入る嗅ぎ分けの内容はどの勢力がより強力で勝てそうであるかを嗅ぎ分けようとすることである。

(これを権力集中に関する雪だるま効果という)

正義が根強く追い求められるが、その欲求が幻影であるに過ぎないのか否か本人にも解らない。

権力闘争において、味方を増やすためにいかにも勝てそうな予測を人々に刷り込むための宣伝が用いられて、勝ち馬に乗ろうとする人々を集める。

そして勝ち馬乗りの誘惑に弱い人々が権力の胎内に毒素として混入するとともに繁殖し始める。

権力の(強弱ではなくて)正邪を嗅ぎ分けようとする者は危険を伴う道に踏み込む。長期的にはこの嗅ぎ分けが凱歌を挙げるのだが、その者が出世できるかどうか疑わしい。第一その時まで生きていられるかどうかも危ない。

ロ.反動形成(代償的形成)-人間は生計を依存していること、専ら法と暴力によって統制されていること、この二つの状態の中で屈服し続ける事に長くは耐えられない。

そこで次のように理由付けをして己を宥めようとする。

▶力と己とを一体化することによって力を 分かち持ちたい。ならばその力は強力であ って欲しい

▶庇護を受けているのであるから力を圧制者でなく守護者だと思いたい。したがって 力は神聖で、道徳的であって欲しい。

そして、そのことは直ちに自分自身の神聖 さと道徳性でもある

かくして、うまく行けば権力のIdentityが、神聖、道徳、力、責任、愛、公正、などの想念を伴って熟成する。しかし始めから、いきなりそのような正当権力が合意と承認によって発生することはない。正当権力意思が先ずそこに在って、それに対して、夫々が絶対主権の主である所の分裂した個人個人が、その権力意思の正当さを、どうやってか知らぬが嗅ぎ取り、なぜか全員一致で承認するなどという現象は起きえない。そこで宗教がこのような神聖、絶対、正当、などを騙って手順前後に人々を誑かす。イデオロギーが自らを称して絶対正義なりと喚いて、己自身の支配意思を注入する。

あまねく照らし亘る法の降臨、その制定手続きと参加、承認、法を担保する暴力の集中と委任-こうした事柄が成立する過程は、全員一致によってではなく、闘争によって始まる。