2.
経済成長が止まったとき
イ.hysteresis
経済成長が停止した後経済が縮小して、大体三年前の規模に落ちたものと仮定する。就労可能者人口を不変として三年前の失業率が5%、現在の失業率が6%であるのは何故か?
それはGDPが三年前と同一であったとしても(まー、政府発表のイカサマGDP値が信用できるものとしての話であるが)、産業構造が変わっているからである。三年前の500兆円を5100万人で生産していたのが今では労働生産性の上昇によって、同じ500兆円のGDPを5000万人で生産することができる。したがって、経済の縮小はもっと進行する。何故ならば失業者100万人が消費生活を切り詰めざるを得なくさせられる結果、消費需要が減るからである。労働集約型から労働阻害型へと構造が変わっているのである。(但し、労働生産性の上昇によって物価が下落すれば、経済の縮小がいくらかは緩和される。しかし、それは人々の生活水準が変わらないか少しよくなるという意味でのことであって、失業率が減少するということではない。)
100万人の失業者増加は国内総消費を減らす他に、社会不安、経済や政治に対する疑心暗鬼、を惹き起こすので貯蓄の増大と投資の減少が起きる。これが更に生産の減少を引き起こして失業を生み出し、それでも労働生産性の上昇は相変わらずに激しく追及されるので、またしても同じ・・・と経済不況の連鎖反応(スパイラル)が打ち続く。
このように経済の規模が昔に戻ったとしても昔のよかった時代は一緒に戻っては来ないのである。これをヒステリシス(hysteresis)という。
経済の停止が何らかの、もう取り返せないような予感や、低迷が一過性のものではないというような観測、ジャーナリズムの煽り、政治の腐敗や無能などを伴い、あるいは外国の戦争などが人々の不安と防御心を増加させているならば、貯蓄が増大して投資が手控えられ、賃金の上昇率は抑えられるとともに、その他の諸経費も節約されてゆくであろう。こうして2~3年も続けて経済成長がマイナスになってしまたとき、人々は猜疑心と防御心に捉え込まれてしまうのである。
(まさかあの1972年代の日本における「便所のケツ拭き紙と粉石鹸に対する死に物狂い買占め全国コンクール大会」の悪夢が、又してもオッ始まるとまでは敢えて云わぬが。)
経済成長が止まると、前に述べた耐久消費財の必要な流通速度(その耐久消費財を買い替えする期間の、その時々における固有の長さ)を保証するだけの経済の成長(=消費市場の増加)が止まる訳であるから、相対的に廉価で高性能・高耐久力を持つ耐久財の市況がまず悪化する。
この種の製品は日常の消耗品に比べると買い替え、または買い続け、を抑制することが非常に容易である。