★背景
・北シナ(満州)への軍隊派遣の目的のなかには旧陸軍がシナ大陸を侵略し支配しようとする計画などは皆無で、日露戦益である満州鉄道を保守し、ロシアの再南下を防御するための派兵であったが、シナ国民党軍とシナ地方軍閥による反抗が頻発し、釣られて現地では、日本中央政府の方針に反して次第に戦線を拡大した.
・日本中央の統制権力は分裂衰弱しており、現地を押えきれないまま、戦線がシナ全土に拡大し、将兵の死傷が18万人に達したから国民に対して理由付けが不可能になり、もう撤兵ができない.
・アメリカ、イギリス、ドイツ、ロシア、中国共産党などは日本のこの惨状を見て内心喜んだ.
★このような状況の中で、両大尉による百人切り捏造記事が出されて喝采を博したのだが、両大尉は、
「記事の中身は全部記者に任す」といい、この荒唐無稽な記事に対して無差別許容をしたうえ、二人で並んで豪傑風に構えた写真を取らせているから、両大尉には幾分かの虚栄心が作用していたものと見られる.これは我々自身の問題として反省しなければならない.
★大昔の戦国時代みたいに日本刀なで斬りの豪傑談がもてはやされるようでは、昭和期の日本軍に近代戦争を勝つ能力が欠落していたと言わざるを得ない.
★稲田朋美議員の裁判
元将校の遺族が虚偽報道による名誉毀損で朝日毎日両新聞を告訴したが稲田氏が弁護士を務めた.一審、二審とも「百人斬りが全くないとは言いいきれない」と判決した.審議中両新聞は「百人切りは捕虜虐殺競争であった」と事実を言い換えて抗弁した上、記事は記者の個人的見解であり、新聞社は関知しないとまで言った.記事捏造の事実を前提としたうえで、新聞社であることを放棄したわけである.さらに、「新聞に事実を報道すべき法的義務はない」とまで言った.
★稲田氏が中国で講演したとき、南京虐殺館の百人切り記事の展示を撤去するよう主張したら、「これはあなたの国の新聞が書いたものです」と反論されてしまった.