.独裁者独裁から階級独裁へ
神聖な絶対者もいずれは死ぬ。その後、また違う神聖絶対者が奉られると、人々はその理由付けを疑いだす。
(神聖な絶対者が死ぬたびに、次々と、簡単に、次の新しく神聖な絶対者が出てくるはずはねぇぞ!どうも胡散くせぇな?)
そのために権力の原理は、段々唯一者崇拝から、階級崇拝-階級独裁へと変質する。
「・・・この匿名性は、意図して作り出されたものではないが、示唆するところが多い。これが強調しているのは、ここで支配するのは、中央委員会の強力な書記個人ではないということ、ここで支配するのは、彼を通じて匿名のノーメンクラツーラ階級であるということである」(「ノーメンクラツーラ」)
そして、階級独裁の指標は全体の理念から、階級の権力と富とに絶えず矮小化されようとし続ける。
.腐敗
イデオロギーの胡散臭さ、理由を捏造された権力の胡散臭さが浸透し始める。これに伴う人々の反応は憎悪、冷笑、虚無、である。
この反応は人々から、
1.反逆
2.諦め、便乗
この二つの姿勢-マイナスの姿勢しか引き出さない。
(注意1~民主制も又、故のない権力支配、擬制され、期待されたに過ぎない権力である事に変りがなく、したがって腐敗の必然性を持つ。
金権、エゴ利益の保守増長約束、地盤、人気、嘘つき、甘い言葉、容姿や演技、などが権力選任の基準であるから尚更である。しかし、民主制は権力の査定と解任が許容され、公定されているので、誰もが失政を他人の所為にするわけには行かない。)
(注意2~比較的に独裁的な封建権力が意外と自浄能力に満ち、清廉であり、そのために社会全体が割合清廉であったものが、民主制の導入によって逆に段々腐敗してしまったという非常に珍しい事例が近代日本において見られている)