.目的権力と有効権力のGestalt
目的権力は有効権力と深く結合している。権力の成長過程は、
[目的権力]→[目的権力+自己有効権力]
→[目的権力+自己有効権力+純有効権力]、または
[目的権力]→[目的権力+純有効権力]
→[目的権力+純有効権力+自己有効権力]、
というのが標準的である。しかし、この成長過程というものは通常一瞬にして起きる。
目的権力が集積するためには有効権力が指し示す、必要、公共、神聖、理念、道徳、などの指標が同時的に必要であり、目的権力の集積過程と絡み合って循環的に有効権力が指し示す権力体の標的と階級の定めが結晶する。
一方において、権力体の標的が元々何に準拠しているかという事を我々が自分自身の心の中を内省してみればすぐ解るように、力に対する願望そのものに準拠しているという事が判る。
したがって、有効権力と目的権力とは同一の権力衝動から出てくる二つの側面であり、独立的に分離して考えるということは記述上のテクニックにしか過ぎない。
実際、純粋有効権力それだけでは権力が白けて無力化するであろう。純粋目的権力それだけでは権力が正邪理非お構いなしの支配と収奪の世界に行き着くであろう。権力の有効性とは目的権力配分の正邪強弱に関する有効性という側面を持つ。
.権力体Identityは有効権力・目的権力と連結している。
権力体Identityの存在によって目的権力は権力体の中に自分の拡大された自我を見つけ出す。有効権力の性質は権力体Identityの性質に決定的に影響する。
.有効権力の衰弱すべき運命-有効権力はその標的(希望、切迫、必要、危機)が立ち去り、または達成されれば衰える。そして目的権力のうち、権力を私有するために権力を目的とするような下等な部分と報酬権力が猖獗し始めて、権力体は腐敗し衰弱する。
有効権力の権化のような人間集団が権力体を支配するという事が起き得る。しかし、権力体の標的が実現したその時から、逃れがたく目的権力への変質という棘が成長し始める。
.有効権力の標的は偽造される。-真実ならざるもの、荒唐無稽な目的、個人やイデオロギーに対する神聖化、宗教-(中でも一神教による権力支配)、―このような偽造品を正当化する為には必然、恐怖と報償という毒薬を多用しなければならない。
純良な権力熱情もこの毒薬のガスにあたって悪い変質をする。ある者は直接、この毒薬を飲んで毒にあたる。
権力体の狂った標的や偽造権力体Identityが、出世競争、蹴落とし、怨恨晴らし、などのための道具であり、踏み絵である。
.有効権力が実践的に験されないとき、または験すことから逃げ続けるとき、有効権力は衰弱し、権力体は自閉する。有効標的は飾りと化し、忠誠と顕示と隠蔽とお追従が人事考課の基準になる。
諸標的は責任や見通しを欠いた願望や顕示の噴出とそれへの迎合によって成立している。
.有効権力の無私性
権力体内の個人が権力体Identityと権力体の標的に対して無私的であり得たとしても、権力体間で互いに関係しあう空間の中で、権力体そのものが無私的であることには限界がある。
権力体に強いられた無私性はその不自然さによって、権力体Identityを理不尽に焼き尽くそうとする。そして権力体は見失いそうになったIdentityの代償を正義の中に見出す。しかし、その正義が望ましいものであるという保証がある訳ではない。
個人の無私性は権力体Identityクライシス(危機)のときに発生するが、権力体Identityクライシスは頻繁に発生し続けている。そして、個人のIdentityクライシスと権力体Identityクライシスがひとつのもののように重なっている。