95歳でした。
世間一般でかなりの長生きだと思います。
2月17日(月)
おかんから1本の電話が入った。
「おばあちゃんが3日前から食べ物も飲み物も受け付けず、点滴も出来ない。お医者さんから
覚悟しておいてくださいと連絡あった」と。
万が一の時は電話入れるんで帰ってくるようにとのことだ。
そういえば礼服のサイズ合わんかもなぁと思いながら、白のカッターシャツをクリーニングし、
数珠とネクタイは母親に購入しといてもらうこととした。
次の日に上司から23日ゴルフ行かない?とお誘いがあったが、おばあちゃんがそういう状態だと
告げ丁重にお断りした。
運よく平日に電話は無く、22日土曜日に帰宅した。
状況に変わりはないらしく、あの状態から10日経ってこの状態とは1000人に1人もおらんでしょうとの
お医者さんからのコメントもあったが、水をタオルに湿らせて口を濡らす程度で、究極のダイエットと言えよう。
日曜も変わりないので、気晴らしにパチンコに行き1万円ほど負けただろうか。
その晩は、滋賀に戻るからと母親に告げ何かあったら電話するように伝えた。
すると、その晩に母親から電話があった。ついにか・・・と思い電話に出ると
「洗濯物の中に靴下入れるの忘れてたわ。1日2日で戻ってこなあかんやろうし、そっちで適当に買うなりなんなりしてな。」とのことで、実にどうでもいい内容だった。
そして2月25日火曜日
昼間に母親から1本の電話が入った。
「今、医者から電話あって、おそらく今夜が最後となります。お顔を見ておかれる方いらっしゃれば早めに来てくださいと言われた」と。
まぁ逆に明日明後日と仕事空けなくてはいけなくなるだろうから、とりあえず仕事の段取済ませるから夜中でもいいから亡くなったら電話くれと告げ、その晩は仕事に集中した。
現場の所長や上司や姫路の建築には、送るメールの最後に
「今晩祖母がおそらく最後だと医者から言われたため、明日明後日は休ませていただくことになりますがご了承ください」と入れ、現場では部下などに「多分明日明後日おらんけど、頼むで」と託し
夜12時前にレオパレスに帰宅した。
2月26日水曜朝
おかんに電話をかけた。「どうやった?」と聞くと眠そうな声で「電話なかったわ。また10時くらいに病院行くから、連絡するわ」との回答。きっと一睡もしていないのだろう。
仕方なく現場に行った。みんなからは「あれ?おばあさん大丈夫でしたん?」と言われ、
ちょっと気まずく「まだ生きてるみたい。電話あったら帰るけどそれまでおるわ」と仕事にかかった。
上司等からも連絡が入ったりして「そうか。よかったなぁ。」と励まされたりし、
木曜期限の仕事を夜中1時までかかってやり遂げた。これでもしもの時も大丈夫だなと
安心したものの家からの連絡はなかった。
2月27日木曜朝
前日と同じような母親とのやりとりがあり、逆にどないなっとんねんと笑えてしまえた。
もちろん仕事場に行ってもワシが話をねつ造してずる休みしようとしてるくらいに思えた。
土曜日に同窓会の打合せがあるのを思い出し、お通夜・葬式で多分参加出来ない旨を友人に伝え
友人たちは快く了承してくれた。
この2月27日がおばあちゃんの96歳の誕生日でもあった。
2月28日金曜
電話したものの予想通り「まだやで」と。かれこれ2週間飲まず食わずで酸素だけ吸うてなんで生きてられるねん!と不謹慎なこというてみたりしたものの、もはやだれも分からない状態になってきた。
人体の不思議というかなんというかおばあちゃん全力でネタ作りでもしてるんかと。
そしてこの日記を書いてる3月1日1時17分。
まだ生きてるみたい。明日気まずく同窓会打合せ参加するとしよかな。