水島新司さん死去  20220124

 

水島新司さんが亡くなった。

間違いなく、俺を野球狂にして、オレの人生を変えた人だった。

氏の死去を受けて、世間には「ドカベンは31巻が最高」という声が

あふれている。

オレは「ドカベンは40巻まで」派なので、もろ手を挙げて

賛成は出来ないが(だって31巻までなら、不知火の遅球、

ルールブック盲点の1点、BT学園戦、弁慶戦が

入らないじゃありませんか)、31巻がかなりの出来なのは

間違いない。

岩鬼、山田、里中、殿馬 明訓4人衆の過去が明かされる。

(のちに微笑も含めて 明訓5人衆 という呼称がなされるが、

オレのような古株ファンからすると、この31巻の「過去掘り下げ

メンバー」に微笑は入っていないので、明訓5人衆という呼称は

まったくピンと来ない)

この部分は、「週刊少年チャンピオン」で

「ドカベン 4週連続40ページ!」と銘打って公開され、

現役読者だったオレは「ドカベンが毎週40ページ読める!」

と大興奮したものだった。

(4週にわたり、4人のピンナップがチャンピオン各号巻頭に

付いていた。こんなこと憶えてる人も、今じゃそういないだろう)

その岩鬼の章。おつるとの会話の中で、岩鬼が少年時代、

メガネをかけた経験があることがさりげなく語られる。

そのメガネが、同点打を産み出す。

この伏線のさりげないこと。上手いこと。今でもしびれます。

殿馬の章でも「指が短くて鍵盤が届かない」という伏線と

「リーチが無いので外角球が届かない」という点の見事な呼応。

当時の水島氏は、冴えに冴えまくっていた。

しかもこの殿馬の打席では、バットが長いこと、木製であることが

読者に「事前に」、キッチリと「絵で」示されている。

それも後から見返せば気づくような さりげなさで。

良質なミステリをもホウフツとさせる。水島氏冴えてる。

(クリーン戦でも、岩鬼が昏倒する前にサヨナラのホームベース

を踏んでいることが絵で明示されている。いわき東戦でも、

岩鬼が三塁ベースを空過していることが絵でちゃんと示されている。

このへんの趣向は水島氏の好みだったようだ)

 

「いわきの木」とか、水島マンガは、細かいところも面白いのだ。

(まあ この「いわきの木」はアシのいたずらだろうけど)

 

前にも書いたが、「野球狂の詩」の「狼の恋」。

「母さん」「なんだい」「20勝したら」「20勝したら  なんだい」

「いや、20勝したいなあってことさ」

このセリフのやりとりの味わい。しびれるねえ。

こういう味のあるマンガって、ほかに無いんですよ。

あぶさんがプロポーズする前の回。なぜか正装して大虎に

来ていた。「景浦さん、正装してどちらでした?」というセリフ有り。

読み飛ばしてると気づかない、さりげなさ。水島マンガは

こういう細かいところもオモシロイのである。

「野球狂の詩」の最終回。「自分が努力する以上に相手が努力してる

ことを知りよったんじゃ」、という岩田さんのセリフ。

これぞ野球狂の心。泣かせます。

 

むかし、南海の試合を見に行くと、水島氏がグラウンドに

いるのをよく見かけた。(この「密着取材力」が

水島マンガの大きな武器だったが、水島氏自身の年齢が

上がり、地位が上がるにつれて、世代の違う主力選手たちとの

密着度合いが低くなっていった。これが80年代以降の

水島マンガ失速の一因と思う)

 

「ドカベン」はマンガとしては異色で、選手たちはノーマルな

精神状態で試合に臨むことが多い。私的な事情が試合に

影響するように描かれることは少ない。

(優勝旗盗難事件とか、岩鬼の失恋事件、山田の打球が

少年に当たってしまった事件などの例外はあるが。岩鬼の

失恋事件と山田の打球事件は、ともにドカベンが失速した

40巻以降のエピソード。読者がドカベンで読みたかったのは

こういう話ではなかったのかもしれない)

これなども普通に野球を観る時の感覚に似ている。

大会で敗退したキャラは、物語からもすっぱり姿を消して

しまうのも実際の野球と似ている。

 

あだち充の漫画がヒットして以降、水島氏が自分の絵に

あだち氏が描くような「眼」をパクったのはショックだった。

水島氏の漫画は、「男の誇り」が重要なテーマだった。

その水島氏が、あだち氏の「眼の描き方」をパクったのは、

古参の水島ファンからしたらショックだった。

「水島氏でも、他の漫画家の描き方をパクるんか…」

「男の誇り」を大切にしてほしかった。

 

「ドカベン」は初の黒星まで、「あぶさん」は結婚まで、

が、おおかたの評価ではないか。

「ドカベン」はその後、各キャラが面白くも無い「屁理屈」を

こねるようになっていった(ただしこれは、読者の野球知識

レベルが向上したのでそう感じられるようになったのか、

それとも水島氏が提示するネタのレベルが下がったのか、

判定は難しい)。

「ドカベン」、「あぶさん」、ともに新キャラを出して延命を図ったが、

新キャラたちが全部魅力無かったのが痛々しかった。

全盛期には、新キャラの魅力度 打率10割を誇った

水島氏だったのに。

マンガ家が歳とともに面白い漫画を描けなくなるとは

こういうことか、を、水島氏を通して知った。

こういうことは、メジャーな皆さんは言えないだろうが。

 

いずれにせよ、野球殿堂入りが話題になるマンガ家は、

今後現われないだろう。

ホンモノの野球マンガだった。合掌。