89144


高倉健さんが亡くなった。
前からファンだったが、亡くなられて、
あらためて、自分の中で、大きな存在だったことがわかった。
大げさかもしれないが、「健さんのいる世界」と、
「健さんがいない世界」とでは、全然違うような気がしている。
健さんに会う夢までみてしまった。

ビートたけしが、テレビで、健さんとの交流を語っていた。
そこで、たけしが、「あなたへ」のロケ現場で、
健さんと撮影した写真を披露していた。
健さんはイスに座っている。たけしは少し離れて立っている。
二人とも後姿。という写真。
そこに健さんのサインが入っている。
「たけちゃん 僕だって座ります 高倉健」
映画の撮影中、スタッフの準備待ちの間、健さんは絶対に座らず、
立ったまま、黙々と待っている、という伝説を、
たけしが「夜叉」の時に、ラジオでしゃべった。
「それ以来、現場で座れなくなって迷惑している」、と
「あなたへ」の舞台あいさつで健さんがジョークを言い、
隣でたけしが笑っていたこともあった。
写真は、その伝説をふまえて、現場で健さんとたけしで撮影した
ツクリ写真らしい。
いかにも、何気ない自然さを装ったツクリ写真なのが笑える。
こういうのが、大人の男がニヤニヤさせられてしまう、
「大人のユーモア」なのだ。こういうのはなかなかお目にかかれない。
こうした健さんのユーモアセンスも大好き。
健さんとたけしさんは、この写真を撮る時、監督と俳優になって、
この共同作業を大いに楽しんだのではないだろうか。

健さんにかわいがられた岡村隆史も、オールナイトニッポンで
思い出をしゃべった。
岡村の家に入った空き巣が、健さんが岡村に書いた手紙を読んだらしく、
何も盗らずに帰って行った話。手紙には、仕事のあり方について
書かれてあるという。あと、岡村が健さんに、僕たちの番組に出てください
と手紙で頼んだが、自分は映画俳優なので、岡村君と仕事をするなら
映画の仕事でと思っています、と断りの返事が来たことなど。
岡村がマラソンするめちゃイケを健さんが観ていて、初対面時、
あれは本当に走ったんですか。すごいね。と健さんは言ったという。



健さんは、ヒーローを演じ続けた。任侠映画のヒーローを演じ終えた後、
はて、次はどんな人物を演じればよいか、と、健さんは考えたことだろう。
ヒーローは、時代に対するアンチ的な存在でなければ、
ヒーローにはなれない。
健さんが考え抜いた末に選び、進んだ道は、
精神的に優れた人物、精神的なヒーローを演じることだった。
このへんのセルフプロデュースも、健さんはすごい。
自分の国の原発事故の後始末もできないうちに、
外国に原発技術のセールスに駆けずり回る、
恥も外聞もない真似をするような男が
総理大臣を務めているような国にあっては、
健さんが演じる人物たちは、まぎれもないヒーローだった。

「健さん(が演じる人物)なら、こんな時、どうするかな」
と、人生のいろんな局面で考える。指標になる。
こんな俳優は、ほかにいない。

あと、NHKで以前放送した、「プロフェッショナル仕事の流儀」も
あらためて観た。
綾瀬はるかとの会話が出てくる。
綾瀬はるかが健さんに言う。
「仕事は人生じゃないですよね。そういうことを最近よく考えます」
事実そうかどうかは、もちろん知らないが、健さんといえば
映画(仕事)に人生を捧げた人というイメージ。
そんな人に、「仕事は人生じゃない」と言ってしまう綾瀬はるか。
すごいな。若いって、「知らない」って、大胆で、残酷だな。w 
そこで健さんは答えた。「難しいこと聞くねえ」。
そして健さんは言った「セットで話そうか」
(この会話があったのはロケ撮影の時。その後セットでの撮影という
スケジュールが組まれていて、その時に話そう、という意味だろう)
いったい、「続き」は話されたのだろうか。
仕事は人生じゃない、と無邪気に言われて、健さんは何を
綾瀬はるかに語ったのだろうか。「続き」があるのであれば、ぜひ聞いてみたい。

私も健さんに一度会ってみたかった。夢だけど。
俺に、どんな話をしてくれたかな。
こないだ、健さんに会う夢をみた。
夢でも、健さんに会えてよかった。

それにしても、「あなたへ」が最後の作品というのが残念。
大きな悪、まぎれもない悪を許さないのは無論だが、
人間の弱さゆえの、やむを得ない悪さえも許さず、
そんな悪さえも見逃さず、裁いてしまうことにより生じるツラさを、
自分だけで受け止め、いっさいを引き受けてしまうところに、
健さんのヒーロー性を感じていた。
それが、「あなたへ」では、保険金サギを、健さんは裁かない。
これでは世間へのアンチになっていない。
私にとっての「ヒーローの方程式」に、あの映画の健さんは
合致していなかった。だから「あなたへ」はノレない。

健さんのことを考えていると、上原先生を思い出す。
失礼を顧みずにいえば、二人とも、不器用で、
損得で道を選ばない。
健さんは、演技に人が出るという。先生のシナリオにも
先生の人が出ている。ような気がする。