私は子供の頃、サッカー選手になるのが夢でした。

 

しかし、私の両親がサッカーで食べることができる訳ない。

 

その一点張りで私のサッカー生活は中学生で終わりました。

 

もちろん全力でやっていたらプロになれたとは思ってもいませんが、

 

力いっぱいできずに、不完全燃焼でいる自分には強い悔いの念があります。

 

高校時代、特に部活に属さず、難関大学を目指す進学クラスに入学しました。

 

しかし、強制的にやらされる勉強に自分は向き合うことが出来ず、

 

有り余ったエネルギーは友達と深夜の街で遊び回ることに使われました。

 

親の想いとは裏腹の結果になり

 

こうなるなら高校でもサッカーを続けていた方がよかったと後の祭りながら

 

考えてしまいます。

 

ある日、ふらふらと遊び回っていると中学時代のチームメイトに会いました。

 

彼は高校でもサッカーを続けていて、中学での仲間が高校では敵になり

 

逆に中学での敵が高校では味方になって一緒に切磋琢磨している話を熱く聞かせてくれました。

 

熱い話をしている彼の眼は本当にキラキラと輝いていて、

 

その輝きに私は吸い込まれていました。

 

鏡の前の死んだ魚のような眼とはまるっきり違う本気の眼。。

 

100カラットのダイアモンドよりも煌びやかな眼に私は胸を打たれました。

 

自分もあのような本気の眼を取り戻したいと思い、

 

自分自身を奮い立たせると同時に

 

アスリートの眼を追いかけるようになりました。

 

高校で友人と会ってからでしょうか。アスリートの本気の眼に

 

惹かれるようになっていたのです。

 

書店の雑誌を買い込み、たくさんの輝いたアスリート達の眼に刺激をもらいました。

 

その一瞬、瞬間の為に厳しい鍛錬があるからこそ

 

あの輝いた眼になることも記事を読み深く理解しました。

 

それから時は過ぎていき、いつしかスポーツ雑誌を買うことも読むこともなくなり、

 

その分仕事に没頭することになりました。

 

スポーツではないのですが、自分なりにアスリートのような感覚で仕事に臨み

 

体はボロボロになり、汗も涙もたくさん流してきました。

 

そんな私の姿を見て、応援したいと言ってくれた女性がいました。今の妻です。

 

妻は学生時代、日本一の競泳の選手でした。

 

そして、妻の弟も日本を代表する競泳選手で、今もなお現役最古参として試合に出続けています。

 

妻と義弟が私の分までスポーツをやり抜いてくれたので

 

私もようやく完全燃焼ができました。

 

スポーツを本気の眼でやりきったアスリートに誰よりも憧れと嫉妬心を抱いていたからこそ

 

神様が引き連れてきたのかもしれませんね。

 

理想とは本気で思い続けると思わぬ形で叶うものかもしれません。