2022年8月1日(月)、連日の猛暑日となったが出かける用事もあったので暑い中出かけ九段下まで行った。そこから目白通りを飯田橋方面へ行くと道路わきに「北辰社牧場跡碑」があり、写真に収めてきた。

明治の初めこの辺りに牧場を開き乳牛50頭近くを飼育していたという。150年近く前の東京はそんな感じでずいぶん荒野があったのだねぇ。

今フルコンタクト誌に連載の「偉人に学ぶ」で榎本武揚を取り上げたのだが、そこに開いたのが榎本武揚だそうである。

辺りを見渡してみてもそのような名残はどこにも見当たらない…しかし、歴史マニアにはこのような江戸時代からの名残は至る所にあって何とも答えられないところなのである。

 

もう少し飯田橋の方へ行くと東京大神宮の看板が見えるのだがそのお参りをしようと探してみたが簡単には見つけられない。ようやくその先を行って曲がってたどり着いたがちょいとというわけにはいかなかった。

 お参りと御朱印をいただいたのだが、昼休みとあってか意外と多くの人が参拝に来られるのには驚いた。東京のお伊勢様、とも呼ばれているそうである。

 その昔、私が引っ越し会社で働いているころ・・・40年近く前か、この看板だけは覚えていてそのうちに来てみたい、とは思っていたのでようやくかなったというところかね。ここもビル群に囲まれて窮屈そうにあるがもともとはうっそうとした森の中にあったのだろうねぇ。

などと思いつつ靖国神社まで足を延ばそうと歩くと山を切り開いたというだけあって坂が多い、なんと「二合半坂」という名前を見つけて由来などを見てみたが忘れた覚えにくいような感じだったね。

 そこを通り過ぎていくと小学生たちの下校時間に出会ったようで、制服に白いカバーを付けた帽子がなんとも上品な気がしてさすが、都心かな・・・

 靖国神社についてはみたが暑くて暑くて人もまばらであったような気がする。お天道様が一番照り付けるような時間である、たまらんね。

お参りをして御朱印をもらい帰路に就いたが、鶴見に着いてもこの熱波は相変わらずで、息を吸うのにもきついと思うほどであった。

 雨にも負けず・・・・夏の暑さにも負けず…などと宮沢賢治先生は説いたそうだが、今はそのような気概は無くなったねぇ。

心頭滅却すれば火もまた涼し・・・・そのような気持ちで過ごしていたころもあった。

 すべて・・今は昔の話である。