7月16日(木)、大田区の病院へCT検査で行った帰りに洗足池まで足を延ばし「勝海舟記念館」を拝観してきた。

洗足池には勝海舟夫妻の墓があって、南洲作の留魂詩碑や、徳富蘇峰の「両英雄」の詩碑もあり、大田区在住の折には何度か行ってその前で吟じたりもしている。

記念館は昨年の9月に開館をしたようで知ってはいたがそのうちに行く機会もあろうということでその時を待っていた。

蒲田駅から懐かしい池上線に乗った。私が上京したころかね、「池上線」とい歌が流行してなんとはなく口ずさんでいたような記憶がある。

又。御嶽山駅から降りて、棒術の指導を受けに通っていたこともあり、池上線は何となく好きだねぇ。

一時は5年ほどだが蓮沼駅近くに住んでいた時もあった。そのころは御園中学での空手の稽古後には必ずと言っていいほど、何人かで踏切近くの食堂で飲んで食べて楽しくやっていたものだった・・20年近くも前の話だね。

 今日は洗足駅で降りる。近くにできている記念館に入りしばらく見回った。平日でもあり、コロナ騒動の最中でもあるので拝観者も少ないようだ。入口に勝海舟の実物大のパネルがあったので撮ってもらった。

 出て、池を一回りだ。まずは勝夫妻の墓に行き手を合わせ、その前に、西郷南洲作の「獄中感有り」という律詩の詩碑がある。また、徳富蘇峰作の「両英雄」と詩碑もあり、どちらも感慨深げに眺めてくる。いつもは軽く吟じるのだが、大勢の幼稚園児が飛び跳ねているのでさすがに今日は遠慮しよう、まさしく変なおじさん、に間違われかねない。

 そこを回って散策すると八幡神社があり、源氏旗揚げ戦に負けた源頼朝が再興のため千葉から京へ向かう途中この八幡神社に立ち寄りその時にいななきとともに駆けこんだ馬が、あの、宇治川の合戦において先陣争いをしたという名馬、池月だという。池月の像が建っているが現在は知っている人もいないだろうねぇ。このくだりを講談などで聞くと感動したものだった。

 またその時の相手磨墨(するすみ)もこの近くの産だという。この近くに馬込という土地があるが、コラあたりはその昔は馬の産地であったという。

馬込・・?。今も馬込の小学校で空手を指導しているが、これも何かの縁かねぇ。

 

 今回の訪問は、先日空手雑誌の編集長との会食で、昔の偉人の生き方で今に通じるものを書いてほしい、という話があって、その資料集めにも動いているところでもある。

 西郷南洲をはじめ何人か候補を考えながら書いているがそのうちに掲載にでもなったら、書店にも並んでいるから買ってでもして読んでほしいねぇ。一冊くらいは差し上げる予定であるが、この不況下、正直私もそれほどの余裕はない。

 空手教室も、ボツボツ動き出してきた。今年後半、元気を出して進むとするかねぇ。