震災を伝えるという事。 | 京都のバーDDのマスター&メガネニカナウプロデューサー&役者/上杉逸平のなんやかんや…

震災を伝えるという事。

後藤岳彦という男がいます。



大学時代を京都で過ごした彼はよく飲みに来てくれてました…


その頃の…

細かいやりとりとか経緯なんてのはもう結構曖昧な記憶になってたりするんですけど…


彼は大学を卒業してNHKに就職…


美浜かどこか…

原発担当で福井県に配属されましたね…


たまにある休暇で飲みに来て

『特に何か大事件があるわけでもないから結構静かなんですよ』

なんて笑ってました…


就職して福井に配属して…

なかなか京都の俺の店に顔を出すことも無くなって…


俺の方もたまに

『最近どうしてるんかなぁ…』

くらいの意識になってた頃…



久しぶりに店に来てくれて…


『結婚するんですよ』

「おぉ、そうなんや、おめでとうさん!」

『んで、福井を離れます』

「お、脱出するんや、次はどこなん?」

『東北なんですよね』

「そらまたエラい遠いな~、頑張れよ」



そんな会話があってスグに東日本大震災が発生しました。



その日の夕方…

テレビをつけてニュースを見た瞬間頭に浮かんだのは彼の事でした…



すぐに

「大丈夫なんか?」

とメールは打ちましたが返信はありません…



その頃の俺はといえば毎日毎日ブログを書いてて…


****************


ここまで書いてて下書き保存したまま長い間止まっていたブログです。

何を書いてもウソっぽくなってしまうな…と書いては消し書いては消しを繰り返して。

結局そのうち毎日毎日ブログを書き続けている意味すらもよく分からなくなってきて。

自分はブログで何を伝えようとしてるのか、誰のために発信してるのか。

あの当時無理矢理バカみたいな内容のブログを毎日アップし続けてたり、避難所にいる子供におもちゃや絵本やを送ったり…

色々やってみましたが、このブログに関しては書ききれないままになっていました。



後藤岳彦は震災後、家にも帰らず南三陸町で取材を続けてこの本を出版するに至ります。

https://www.amazon.co.jp/dp/4163901140/ref=cm_sw_r_cp_awdb_c_e.LHCb2VWAE91



本を完成させるまでほとんど連絡が取れなくなっていた彼が久しぶりに連絡をくれて
「上杉さんのブログで紹介してください」
と伝えてきたのです。

結果的に俺は逃げてしまったということになるのかな。

『自分のブログでは能天気な事を書き続けて震災で元気が無くなったみんなを笑わせる方向でがんばる』
なんて言うてた自分が急に何をどう書けばちゃんと命をかけて取材を続けてこの本を出版した後藤の想いを伝える事ができるのか…

ずっと考え続けているふりをしながら向き合う事から逃げていたのかもしれません。

ものすごい本です。

今でも多くの人に読んでほしいと思う。

もちろん内容は辛い、思い出したくない内容も生々しく書かれています。

でも、多くの人に読んでほしいと思える本なのです。



当時メールで
つらいです
って句読点も無い一言だけの返信があってから連絡が来なくなって。

何かスゴい事を背負った気になってた。

でも完成した本を読んで涙が止まらなかった。

ただ、それだけ。

何も考えずに素直にブログでそれだけ書いておけばよかった。

何をごちゃごちゃ考え込んでいたんやろう…。

すまん、遅くなったけどやっと紹介できそうやわ。

何も考えずにこの文章は書き上げたら推敲せんと入力完了して『公開』をクリックすることにしよう。



風化させずに後世に残していく、単純な事。

あの頃と比べたら俺のブログも何人の人が読んでくれるのかは分からんけれど。

そんな事より俺が書いてアップする事が大事な事やった。


では、今日はこの辺で。