高橋研VS古村敏比古は路地裏の明日なき翼の折れたアンジェリーナの暴走だった??? | 損愚図

高橋研VS古村敏比古は路地裏の明日なき翼の折れたアンジェリーナの暴走だった???



小嶋真子






今泉佑唯

@yuuui_imaizumi

13 時間

本日発売『 FRIDAY 』の表紙を務めさせていただきました✨✨ …チョコレート餃子美味しかったなあ。 皆さん、ぜひ見てね ☺︎ pic.twitter.com/bermK8COY2







ちょっと古いけど佐藤詩織ちゃん(『黒い羊』フロント、美大卒業!やっぱ興奮!)卒業おめでとう\(^o^)/



ひらがなけやき転じ日向坂46、相変わらずさっぱりメンバーの名前が覚えられませんがデビュー曲の『キュン』『サイマジョ』を越えたのは驚きですが確かにイイッすね\(^o^)/キュンキュンくせになる(^o^)オヤジも悶絶(^o^)ああ気持ち悪~~い(^o^)







デストロイヤーはいなくなっちゃったけど、ブッチャーは引退しちゃったけど、NJC優勝オカダカズチカのMSG(マジソン・スクェアー・ガーデン)IWGPタイトル挑戦はシナリオ通り(^o^)??


本日の回文

刺しな!射る!ヒールやるー!!比類なしさ\(^o^)/

チーン

引退“フォーク刺し”ブッチャーのテレビ見ました 泣きそうになりました(^o^)

ヒールはいつだって人格者(まぁ例外もありますが(^o^))!!


それにしても男の子なら誰しもその人生において必ず最低一度はかけたりかけられたりしたことがあるポピュラーなプロレス技、足四の字固め それは時代が昭和から平成、さらには新時代にさしかかる今、幸せだった昭和時代へのノスタルジー

本日の回文

なにせ……わ!足絡ませ迫ら………か……幸せにな(^_^)v

チーン

あの痛さ………

それはSWEET PAIN

友情の甘~~~~~~い痛みなのかもしれない(^o^)

あの夢中でプロレスごっこをした友人は今、どーしてるかなぁあぁあぁあぁあぁあ


BGM

ブルース・スプリングスティーン
『レスラー』







前回ブログ更新時には内田裕也さんが…そして今回………

【小山卓治を隠さん\(^o^)/】

本日の回文

バレたか…ラストシーン…ん~師とすら語れば

チーン




2019年3月29日金曜日

傷だらけの天使へ




 昨日はSMILEYも含めた友人たちと大騒ぎで飲んでいた。その帰り、スマホでショーケンの訃報を知った。いまだに言葉が見つからない。

 もしかしたら、ジョン・レノンより、ボブ・ディランより、ブルース・スプリングスティーンより、アル・パチーノより、ダスティン・ホフマンより、ロバート・デ・デニーロより、ジャック・ニコルソンより、生き様そのものに憧れ、学んだのは、ショーケンという“人間”だったかもしれない。
 テレビドラマ「傷だらけの天使」のラスト・シーンは、夢の島だった。
 俺のカリスマが逝ってしまった。


小山卓治




ああ………そうか…夢の島でしたね…すっかり忘れてた…小山さんのショーケン愛は周知の事実、バレバレですが(^o^)私の場合ドラマ『傷だらけの天使』は見ておかなければならないドラマの常に筆頭と念頭にありながらDVD‐BOX欲しい~~~~!!!手に入れたい~~~!!!とライフワークでありながら再放送を数本テレビで見ただけで今日に至ります なんせ薄っぺらな小山卓治愛なので(^o^)そもそもショーケンに関しても思い入れがほとんど無い もちろんどー考えてもカッコイイ!のは間違いないのですが、あの超有名な「太陽に吠えろ」も「前略かーちゃん」も見てないのですよ 生まれる前ですので????(^o^)とにかくさっぱりわかってねーわけです

しかしながら小山さんの愛、ワイドショーなど世間の大騒ぎに改めて

本日の回文

話題!カリスマ、今、舞います!!!理解だわ\(^o^)/

チーン

せめて『傷だらけの天使』だけでも全話死ぬまでにコンプリート視聴したいと思います←しょーもなー


BGM

小山卓治
『傷だらけの天使』






本日の回文

やるやん!!!天窓?満点やるや\(^o^)/

チーン



2019年3月25日月曜日

唯一無二のライヴ

 天窓.comfortでは、これまで3回のライヴをやってきた。そのどれもが特別なライヴになった。

 1回目は2011/1/28、俺のライヴに初めてベチコが登場した日だ。ベチコはこの日を「プロとして初めてちゃんと仕事をした日」と考えているという。つまりベチコデビューの日だ。
 2回目は2017/8/12、〈ベストアルバム発売記念|Well ~Songs of 35years~〉。たくさんのお客さんが集まって、ベスト・アルバムのリリースを祝ってくれた。SMILEYのサックスも聴けた。

 そして3回目。〈夢の島 30th Anniversary Edition リリース記念ツアー 〉。全22曲。
 3日連続のツアーと深夜のリハーサルで、声帯をやられて病院へ行った。20日にラジオ出演した時は声がガラガラだった。ライヴまでに治せるか危うかったが、奇跡のように声が出た。
 ギルドが今までで一番安定したすごい音を出した。
 そしてベチコとのサウンドは、ツアーを重ねたおかげでうねるようなグルーヴを出すことができた。階段を数段飛ばしで登った。

 音楽評論家の田家秀樹さんがリハーサルから会場に入ってライヴを見てくれた。近々ライヴ・レポートを書いてくれる。
 先日の名古屋ライヴで、町支さんがベチコのバイオリンを絶賛していたが、田家さんのブログでもベチコを絶賛してくれている。

 〈熊本応援CD〉も28枚売れた。ありがとう。4/14の〈熊本応援ライヴ〉の後に、まとめて報告する。

 そして次の日曜。〈新・全曲ライヴシリーズ #2〈ひまわり〉+〈Circle Game〉〉。天窓.comfortと1曲もかぶらないセットリストで臨む。この日もきっと特別なライヴになる。
 ほぼソールドアウトとのこと。ぜひ横浜まで足をのばしてね。





photo : Masashi Koyama


小山卓治





その田家さんブログをパクりました



 
小山卓治×磯部舞子。
 昨日のライブの出演者ですね。高田馬場の「天窓」というライブハウス。と言ってもビルの5階。大きな窓があって陽が落ちるまでは外が見える。曇り空が夕暮れに変わって行く。ライブが始まると外の夜景で鏡のようになった窓にライブの情景が映る、というロマンテイックなスペース。椅子です。
 
 そこで行われたのが89年の小山さんのアルバム「夢の島」の発売30周年記念ライブ。レコード会社との契約問題があって絶版状態になっていたものを、復刻、しかもジャケット周りを新しくして、マスタリングもし直してボーナストラックも加えたという形ですね。

 で、全曲を網羅したライブをやろうというのが趣旨。小山さんバイオリンの磯部舞子さんと全くの二人きりでした。途中、小山さんのギターやピアノだけの曲もありましたけど、基本が二人。これが良かったんです。

 磯部さんは、チャランポランタンの前身のレディ―スバンドのメンバー、ということも後で知ったわけですが、二人の呼吸が合ってる気がしました。小山さんのギターにアドリブのように彼女が絡んでゆくんです。

 一緒に歌っているかと思うと、合いの手を入れるように入ってくる。ギターでは出せない陰翳や抒情。時には未来的だったり幻想的だったりする。ガチンコというほど自己主張もせずに曲を邪魔しない。曲が広がって行きました。
 
 オリジナルは30年前ですからね。リマスタリングで音は今の音になってますけど、それだけじゃないストーリーが加わっている。アルバムを追体験しようといういわゆる再現ライブ、という感じでもなかったんです。

 座ってじっくり聞けるライブ。でも、小山さんのギターや歌にはビートがあるし、それをバイオリンが色を与えてゆく。いいコンビだなと思いました。以前の小山さんのライブしかご存じない方はぜひ。

 訃報が次々、という感じです。今日も、お世話になった方の葬儀がありました。式で流れていたのが浜田さんの曲でした。長くなるので彼のことはちゃんと書きます。というわけで曲ですね。小山さんの「種の歌」。今の小山卓治。この曲でお客さんが合唱してました。じゃ、おやすみなさい。


田家秀樹











本日の回文

島や!オールやるー!!!小山氏(^o^)

チーン


2019年3月22日金曜日

明日は《夢の島》を全曲

 明日は四谷天窓.comfortで《夢の島 30th Anniversary Edition》リリース記念ライヴ。
 名古屋では町支さんのゲスト出演もあって時間的な制約があったから《夢の島》からの曲が少なかった。明日は途中に休憩をはさんで全曲歌う。〈LIFE VEST UNDER YOUR SEAT〉を歌うのなんて30年ぶりくらいかな。
 長くて濃いライヴになる。体中で感じてね。





photo : Yukari Watanabe







小山卓治|ONE運営事務局

@one_takuji

Takuji : 《夢の島 30th Anniversary Edition》は、ソニー・レコードのスタジオでマスタリングされました。ナイアガラ系のサウンドを一手に引き受けているエンジニア、内藤哲也さんの手によって、素晴らしくふくよかな音に蘇りました。 僕は30年間、この時を待っていました。 3/22、リリースです。




【小山さんと深沼くんの関係は?】








深沼 元昭

@fknmmtak

3月21日

26年前の3月21日プレイグス初の単独作品『Beachrider77』が発売されました。厚木で遊び仲間と始めたバンドですが、ファンのみなさんや沢山の人達のサポートのおかげで、今も当時以上の情熱で音楽をやっていけています。本当にどうもありがとう!写真は1996年26歳頃。午後ですが全員寝起きです pic.twitter.com/KK99fWm7f8


青空とダイヤモン

@baystars1998v28

3月22日

返信先: @fknmmtak

りぼん 時代ですね。この頃は 小山卓治さんとは 交流とか ありましたか?
 




深沼 元昭

@fknmmtak返信先: @baystars1998v28

小山さんは事務所の先輩でいらしたので、何度かご挨拶させていただきました。

6:34 - 2019年3月24日




深沼 元昭 

@fknmmtak

3月21日

先日MCで話したのですが、肝心の人数をちゃんと覚えていなかった…310人です。(現在は公開終了した日本郵便のサイトより)都内は30人だそうです。 pic.twitter.com/uaR03UmNZ5









※今回、人様のブログ(ストリートロックの時代)をパクりまくりです ああ……またかと思われたかたはスルーしまくりましょう!!こんな人でなしの私のブログなんか無視!無視!(^o^)


【高橋研さんの研鑽の日々\(^_^)/】





本日の回文

話題かい?研さん!軽快だわ\(^o^)/

チーン



知る!偉人か!敏比古!!感じ入るし\(^o^)/

チーン




行ってきましたよ!私のアイドルロック歌手お二人の対・浜田省吾前哨戦?・名古屋場所2連チャン(^o^)先日の小山卓治VS町支寛二に続き高橋研VS古村敏比古へ\(^o^)/名古屋は栄のど真ん中テレビ塔が間近にそびえるタワービル7Fのライブ・バーへ 狭い店内は満員の大盛況!!私のような浜田省吾様をかじり、高橋研さんをシンプジャーナルで知り、3rdアルバムに心を奪われて以来、35年ぐらいかな(^o^)小山卓治さんや佐野元春さんと並び何度も何度もライブに足を運んで来た私ではありますが、今回、研さんのブログにもあるようにちょいとスペシャルな夢見心地でした

前半はオケをバックに古村さんがサックスを吹きまくる  オープニングはつかみはOK!のシンディ・ローパーの『TIME AFTER TIME』あとはオリジナルで1曲だけ歌声も披露されてました 古村さんの楽曲は理解の無い私でも馴染みやすいキャッチーな曲が多いなと感じました 入り口で売られてるCDの数の多さに研さんもビックリ&自らの積年の怠惰を反省されてましたが(研さんのCDは一枚のみ(^o^))凄まじい現役感!

古村さんのジャズじゃなく俺はロックだから………はさすがはストリート・ロッカーのセリフですね



ここで研さんのブログを丸パクり


夢よりも夢のように。




名古屋MEMORY LANEライブ、
参加してくれた皆さん本当にありがとう!
満員の店内、
アンコールセッションは、
ステージも客席も盛り上がりました。


古村敏比古との再会と初コラボ。
一度にたくさんのことが押し寄せて、
夢のような夜でした。
彼の精力的な活動ぶりに、
刺激をビビビといただきました。
ぜひまた演りたい。


大阪刈谷名古屋、
再会ばかりでなく、
新しい出会いに溢れた3日間でした。
音楽を愛するもの同士の、
通じ合うパイプは太いようです。
みんなありがとう、
また会おう。


高橋研





そして私のお目当てストリート・ロックの裏番長(※今回、小山さん本人はもちろん、皆さん注目されてるであろうストリート・ロックの時代さんのブログをこっそりパクりまくってます お世話になりまくってます)研さん登場\(^o^)/

さっそくパクります


高橋研

 日本のストリート・ロックの"裏番長”の登場。

「翼の折れたエンジェル」をはじめとする中村あゆみの代表作のプロデューサー/ソング・ライターとして彼はよく知られている。他にもアルフィーの「メリー・アン」「星空のディスタンス」の共作詞、おニャン子クラブの「じゃあね」(作曲)なんていうのもある。矢沢永吉や近藤真彦の作詞もやっている。
 冒頭の"裏番長”というフレーズだけど、まず彼がアーティストとしてよりプロデューサーやソング・ライターという”裏方”としての仕事のほうが目立つということもあるが、もうひとつ、佐野元春と彼はコインの裏表のようなイメージを僕が持ち続けているせいでもある。佐野が表、高橋が裏、だと。
 
 佐野と彼は同い年で、大学時代(佐野が立教、高橋が早稲田)アマチュアミュージシャンとして顔見知りだったという記事を当時何かの音楽雑誌で読んだことがある。同じコンテストにも出たという記述もあったと思う。彼は大学で音楽プロデュース研究会というのを発足させ(当初からプロデューサー志向が強かったのだろう)、学生によるプロのミュージシャンの発掘、売り出しのプランニングなどをやっていたので、そのネットワークで佐野とも知り合ったとも考えられる(ちなみに、僕も早稲田で在学していた1983年から87年当時そのサークルがあったことをおぼえている)。

 ふたりは日本のストリート・ロックの創成期のライバルだったという風に僕は捉えている。高橋が中村あゆみをデビューさせるにあたって、佐野元春の曲を彼女に聴かせ、カバーもさせたらしい。
 ライバルではあるが、彼は佐野の才能をリスペクトしていた部分も大きかったのだと思う。
 
 ちなみに、佐野元春がまだ高校生のときのヤマハのポプコンで演奏した「Bye Bye C-Boy」、大学時代の同大会での「DO WHAT YOU LIKE」の音源がネットで聴けるのだが、まだフォークが全盛だった時代に10代でこんなに軽快で洗練された曲を作っていたのは驚くべきことだったはず。同世代にこんな凄いヤツがいたら、まともに張り合おうとすら思わなかったかもしれない。

 東京生まれで抜群のセンスを持つ佐野と、東北から東京に出てきたあか抜けない高橋。まったく正反対だ。だけど、佐野、尾崎(彼も本質的にはやっぱり都会っ子っぽいと思う。)といった東京生まれの品の良さセンスを持ったアーティストと、浜省、甲斐よしひろのような地方から出てきた暑苦しくも切実なリアリティとエナジーを持ったアーティストが両輪となることで、ストリート・ロックというジャンルは世の中に広まったのだ。だいたい、都会人の大多数は地方出身者なのだから(僕もそうだし)、彼らの生活や心情を代弁する音楽は必要だったのだ。
 ただ、浜省は広島、甲斐は福岡、と地方とは言っても、多くのロッカーを輩出した音楽的には”熱源”とも言える土地から彼らは出てきて自身もエネルギッシュな活動を展開していたが、東北出身の高橋はもっと内向的で、少しペシミスティックな感じがある。

 今回紹介するのが彼のデビュー・アルバム。リリースされたのが1979年だから佐野よりデビューが1年早かったわけだ。早稲田音楽プロデュース研究会がプロデューサーとしてクレジットされていることから、レーベルに対してレコーディングや宣伝のプランをプレゼンテーションすることによってデビューが決まったのかもしれない。

 まず、柳ジョージとレイニーウッドがアルバムの半分の演奏をつとめているのにはちょっと驚く。この当時は彼らがブレイクしていてノリに乗っていた頃だ。1978年にショーケンのテレビドラマで「雨に泣いている」が使われたのがきっかけだった。このブログでは、70年代にスプリングスティーンに憧れる心性は、ショーケンや松田優作に憧れるのと変わらなかったということを強調してきたが、それをまさに裏付けるようなテイストを聴くことができる。

 もう半分の曲のアレンジは瀬尾一三(中島みゆき、長渕、チャゲアスなど)。二人の名セッション・ギタリスト、矢島賢(郷ひろみ「男の子女の子」から佐野「アンジェリーナ」まで)、水谷公生(浜省!)が参加している他、筒美京平作品などの歌謡曲全盛期を支えた凄腕ミュージシャンたちによってレコーディングされている。

 今聴き直すと正直、気恥ずかしくなる瞬間が多くある。今の若い人が聴いたら、かなりダサいと思われる可能性が高い。しかし、当時の他の音楽と並べ、当時の空気感の中でこれを聴いたら違和感はなかったと思う。良くも悪くもそれが流行歌だし、そういう「時代物」を検証し直そうというのがこのブログだ。

 ただし、シンガーとしての迫力にはやや欠けている。甲斐よしひろと浜省の不良性ににちょっと河島英五を足して、線をぐっと細くしたような声もナイーヴさという点では伝わるものがあるのだが、、(その辺りもご本人が一番よくわかっているのだろうが)。
 ただ、アルバムから伝わってくる彼の姿勢の真っすぐさは、不思議と心に訴えかけてくるものがある。いかめしいジャケット写真とは裏腹に彼の「やさしさ」や「誠実さ」みたいなものがにじみでてくるのだ(ご本人に会ったことがないので、勝手にやさしい人と思っているだけだが)。

 アルバム冒頭のデビュー曲「懐かしの4号線」の、4号線は青森から東京につながる国道。高橋が生まれ育った岩手県盛岡市も通っている。(たぶん)卒業をきっかけに田舎を離れて東京に出て行く若者の心情を歌った歌だ。歌詞に岩手民謡である「牛追い唄」や「雪に埋もれた街」などというフレーズもあって、等身大で素朴さが感じられる、当時この曲を聴いて共感を感じる人は少なくなかったはずだ。

 そう、佐野と高橋は生まれ育った背景が全く違っていて、曲にするアプローチも全然違うのだ。当時彼自身が音楽をやるときには、実は佐野よりも浜省に強くシンパシーを感じていたのではないかと思う。

 このブログの冒頭で述べたコインの裏表の話に戻るが、失礼を承知で言わせてもらうならば、佐野が「天才」なら高橋は「凡才」なのだと僕は思う。これは一般的な「天才・凡才」の定義ではなく、あくまでも二人を比較する上でコントラストが明確になるので使っている。一般的な意味で言ったら、作家・プロデューサーとして素晴らしい実績のある彼が凡才であるわけがない。
 例えば、ディランとスプリングスティーンを比べてみるとしよう(ほとんど意味のない比較だけど)。ディランに比べられたら、スプリングスティーンだって「凡才」になる。

 僕個人の音楽の好みでいえば、当然「天才」の作品を敬愛し憧れるのだが、音楽への愛情を長いキャリアの間貫いて、コツコツと自分を磨いていった「凡才」(あくまでも「天才」と比較してだが)アーティストに心情的に強く惹かれる傾向がある。
 
 佐野のような「天才」を目の当たりにした高橋は「凡才」の”自分を生かす”道をきっと模索したはずだ。その積み重ね、紆余曲折の成果、到達点として「翼の折れたエンジェル」があったんじゃないだろうか。

 人として与えられたエネルギーの限りを尽くして、徹底的に「正直に」音楽を作る時に、天才型には絶対に作れない、かつ大衆に大きく支持される作品が出来る。それが起こり得るのが、ロックやポップのフィールドだと僕は思っている。


 最後に、僕がこのストリート・ロックというジャンルの特性としてこだわっている「ヒーロー」というキーワードについて、このアルバムに興味深いフレーズがある。「Jimmy's Shuffle」という曲の終わりだ。

 「ヒーローになるために 生まれてきたんだと 信じることしか 道はなかったぜ」

 これは逆にヒーローになれない、凡庸な人間にしか書けないフレーズだ。凡庸な自分と向き合って自問した人間でなければ理解できない心情だから。決して勝利者にはなれない若者を描く、そういう意味ではまさにストリート・ロックらしいフレーズだと思う。そして、この時代に生きていた多くの男子の思いを代弁している。




どーも!ここから私の記事です(^o^)

詳細に書かれてて私ごときの出る幕は無いですが(^o^)付け足すとしたらプロデュース、楽曲提供の膨大さ多彩さですよね 数多のアイドルから美空ひばり(作詞は秋元康)まで(^o^)取り分け女性アイドル、女性シンガーへの楽曲提供、プロデュース、それも女性視点での歌詞における表現力、説得力の素晴らしさたるや! 中村あゆみさん、加藤いづみさん、川村カオリさん……繊細にしてロック!漢にして女々しい(^o^) 私が持っている矢沢永吉さんのアルバムは全作詞が研さんだからとゆー理由で購入しました(^o^)あと基本的にフォークの野本直美さんのプロデュース時にはまるでEストリートバンドみたいなアプローチのライブを観たことがあります(^o^)まぁ野本さんも確かに当時はスプリングスティーンかぶれでしたが(^o^)サックスを従えた野本さんのバンドライブ……今更ながらあれは凄かった(^o^)


研さんの4thアルバムをプロデュースしたエコーズの辻仁成さんが当時、インタビュー記事で研さんはもっともっと世に出るべき人、出来る人と力説してましたが、私も当時強く頷いたものです

あと有名なのが映画『戦国自衛隊』に隊員役の一人で出演されてます 挿入歌も歌われててもう『スクリーンに雨が降る』が絶品!の名曲なんですよ くぅ~~~~~~~!!!!!


佐野さんと研さんがコインの裏表は佐野さんと小山さんがコインの裏表の私とほぼ同義ですね←何summer

だから小山さんと研さんの出会いは私に言わせれば必然 宿命なのです あの神戸の夜←ミニタコ

とにかく裏とゆー響きがたまらないのですよ、軽薄に言ってみたいのですよ、私の場合は(^o^)


私は何年も前に研さんの1st、2ndアルバムはヤフオクで手に入れてるのですが、プレイヤー購入が今だ追い付かず、ベスト及び戦国自衛隊のサントラCDで初期の曲は知るのみですが、確かにご指摘のように詞作がダサい(^o^)3rdとそれ以前ではまるで別人のようなソングライティング(^o^)あたかも浜田省吾さんの『ホームバウンド 』以前以後みたいな(^o^)でも研さんも省吾さんも、そのあか抜けない感じがそれはそれで大好きなんです 実はこのライブ後に何十年ぶり?に浜田省吾さんの1st『生まれたところを遠く離れて』を聴いて感動を新たにしたばかり(^o^)






ところでストリートロックとは何ぞや?

 この方の解釈では


 外見的にはワイルドでワルぶりながらも、内向的でロマンチスト。音楽的にはロックンロールを核として、ボブ・ディランのような都会の詩人に憧れながらも、60年代のアメリカンポップスに胸ときめいた記憶が強く残っている。

…とのこと


以下大変参考になるので恥も外聞もなく←いつもじゃん


それでは後でまた逢いましょう(^o^)


ちなみにこの方の挙げるストリートロック四天王は浜田省吾、佐野元春、尾崎豊、甲斐よしひろの4人だったようです



”日本のストリート・ロックの時代”とはいつ?

 ”ストリート・ロックの時代”とはいつのことなのか?
 
 これには、スプリングスティーンがLIVEアルバムで示した「1975-1985」という年代がどんぴしゃだと僕は定義した。いまでも全く迷いはない。

 だけど、”日本のストリート・ロックの時代”はどうか?
 
 これに関して僕はずっとぐずぐず悩んでいた。
 
 このブログでは、佐野元春「Back To The Street」発売の1980年を出発点としている。
 ではいつまでだったのか?
 佐野は1983年(「No Damage」)、浜省は1984年(「DOWN BY THE MAINSTREET」)、尾崎豊は1985年(「壊れた扉から」)を最後にストリート・ロックっぽさがなくなってゆく。
 じゃあ、1980年~1985年でいいのか?
 なんか短い。
 80年代半ば以降も、中村あゆみがストリート・ロック・サウンドをお茶の間に届けていたし、小山卓治はストリートに生きる若者をリアルを歌う素晴らしい作品を作り続けていた。純度の高いストリート・ロッカー、田中ミツルもデビューした。

 それから、1980年スタートとすると、このブログの一番大事なテーマである、70年代のロバート・デ・ニーロやショーケン、松田優作といったアンチヒーロー像とストリート・ロックがリンクしていた、という視点が薄まってしまう。

 そんなときにふと目にした、高橋研のアンソロジーのタイトル。

 1979-1989

 おおっ!
 スプリングスティーンと同じような”暗示”がここにあったのか!
 (僕はこういう暗示的なものをとても重視する人間です)

 日本のストリート・ロックの実質は1980~89年なのだろう。
 そして、日本の80年代ロックの典型的なもののひとつとしてストリート・ロックがあった、という定義するのがよさそうだ。
 ただ、80年に突然生まれたわけじゃなく、ストリートの若者のロックは70年代後半からあって、80年代にしっかりつながっていた。
 例えるなら、「日本のストリート・ロック」という曲の”歌いだし”は80年だけど、イントロは少なくとも1979年あたりから始まっていた。そう考えると、僕はすごく腑に落ちる(自己満足)。
 1979ー1989、いいんじゃない?

 じゃあ、80年になって何が変わったかというと、サウンド、特にリズムだ。ルーズなノリがなくなり、同期性の高く規則正しいビートになったのだ。

 70年代後半にやりきれない思いを抱えてふらつきさまよっていた若者たちが、80年になるといっせいに”駆け出した”そんなイメージ。
 そういう意味で、佐野の「Back To The Street」の新しさは、80年代サウンド特有の、同期性の強いリズム、アレンジを先駆けてストリート・ロックにとりいれたということが大きい(大村雅朗と伊藤銀次の貢献を見直すべき)。



ここから私の記事です(^o^)



セットリスト(『うそつきのロッカー』は前後するかも うろ覚えでご容赦を)



1.奇妙な果実

2.落とし穴しかない場所(POWDERカバー)

3.金色のライオン

4.いつかもうすぐ(浜田省吾カバー「これ好きなんだよ」by研さん)

5.シンガーソングライター

6.帰れない町

7.うそつきのロッカー

8.君に会えたこと


アンコール

1.??路地裏の少年???

2.BORN TO RUN~アンジェリーナ

3.翼の折れたエンジェル


Wアンコール

1.即興ソング??


バンド高橋研と違いアコースティック研さんの定番であるところの川村かおりさんに提供された共作楽曲が1、3、7、8と実に4曲 小山さん同様に私には研さんのライブではお馴染み

♪♪またあの曲を歌うってゆーのかい~~~♪♪♪

ではあるのですが(^o^)やはりフォーキーな名曲ばかり\(^o^)/研さんの歌詞、大好き\(^o^)/

5、6は28年ぶりのニューアルバムから!

ハマショーのカバー4はジェネレーション的にありがちか(^o^)しかしながら言うまでもなく名曲

2は小山卓治さん好きにはお馴染み今は漫画家の鈴ノ木ユウさん率いるPOWDERのカバー この楽曲、研さんはお気に入りで私は小山さんのライブゲストや小山さんとのツーマンなどでも拝見したことがあります

そしてお待ちかねのアンコール、アコギとサックスでやらかすのは………待ってました!の『路地裏の少年』ところがサックスによるイントロと歌い出しの♪♪真夜中の~~冒頭だけで即終了(^o^)

そりゃないぜ(^o^)易々と期待に応えてなるものかの意地悪な研さん 思惑通りにはいかないぜ!!チキショー!!!

しかしながら古村さんの奏でるあの『路地裏の少年』のサックスによるイントロだけで物凄い盛り上り(^o^)いやー高ぶるわ あの旋律!浜田省吾バンドのモノホン奏者だし(^o^)さすが名曲は違うね、やっぱ(^o^)遥か昔のトークイベントでやはりアコギの小山卓治さんとサックスのスマイリーによる尾崎豊の『十七歳の地図』ちょっとだけ歌ってすぐ終わりのお茶目なカバーを思い出しました(^o^) やはりサックスはスマイリーを思い出しちゃいますね…… そして小山さんといやーもうひとつ思い出したのが………

高橋研さんとサックス奏者で思い浮かべるのが山本拓夫さん!スプリングスティーンかぶれの小山さんも研さんもサックスからその後バイオリンに移行されたわけですが、その昔下北沢タウンホールにおける研さんのライブMCでその時楽屋に遊びに来て研さんとまた一緒にやりたいなぁあぁあぁあと言う山本さんを冷たくあしらった??とゆーエピソードがあるのですが、やはり小山さんのバンドのかつてのドラマーで今や星野源、椎名林檎、桑田佳祐……



 河村カースケさんのサポートしたアーティスト

椎名林檎、aiko、星野源、亀田誠治、Do As Infinity、miwa、平井堅、hitomi

嵐、いきものがかり、スキマスイッチ、中島みゆき、柴咲コウ、鬼束ちひろ、安藤裕子、斎藤誠、嵐

安藤裕子、いきものがかり 、大塚愛、鬼束ちひろ、甲斐よしひろ、河村隆一、GLIM SPANKY、桑田佳祐

小山卓治、斎藤誠、坂本真綾、佐橋佳幸、沢田研二、柴咲コウ、supercell、Superfly、スキマスイッチ、武部聡志、田村直美

Char、Chage、徳永英明、戸渡陽太、仲井戸麗市、中島みゆき、中村中、新山詩織、NIKIIE、一青窈、氷室京介、ヒャダイン

平野綾、福山雅治、藤井フミヤ、星野源、布袋寅泰、ポルノグラフィティ、松たか子、松任谷由実、miwa 、モーニング娘。YUKI、吉田拓郎



とにかく数多の大物セッション、バッキングで見ない日は無い超売れっ子の河村カースケさんに今や相手にされないのと同様に山本さんもサザン桑田佳祐、佐野元春、エレファントカシマシ、小田和正……とにかく他にも数多の大活躍、超売れっ子で研さんは相手にされない???(^o^)ほんとにお二人とも大物から知る人ぞ知る人までステージには欠かせない日本ミュージックシーンの重鎮ミュージシャンですね そしてあとにポツンと残され見放された?小山さんと研さん(^o^)


そして注文の多い主催者側の要求(^o^)に辟易、嫌々?(^o^)応える今回の白眉!ストリートロック東西の~~代表するこれをやれば良いんだろう?と、お前らこれが好きなんだろ?嬉しいんだろう?聴きたかったんだろ?とばかりに…仰る通り!聴くやいなや血湧き肉踊る怒濤の古村さんのサックスの雄叫び『明日なき暴走』(スプリングスティーンカバー)~『アンジェリーナ』(佐野元春カバー)いやーこれには超絶スプリングスティーン佐野元春ミーハーの私は悶絶 しびれにしびれまくったのでした ベタベタで案の定、絵に描いたような思う壺ですがミーハーな私は大喜びでした(^o^)神でした(^o^)ストリートロックとはなんぞや?の研さんなりのベタな解答でしたね(^o^)やはり日本のスプリングスティーンはさだまさしさんじゃなく佐野さんかもしれません(^o^)

そして聴き慣れたサックスの調べ

お約束の『翼の折れたエンジェル』でアンコール終了

かと思いきや再びのアンコールに応え即興ソング?さすがのお二人!で幕

実に盛大に盛り上がったアンコールセッションでした

お二人とも長いキャリアなればこその力量、筋金入りの本物のステージをストリートロックを(^o^)存分魅せてくれましたね

大変貴重なスペシャルライブ、小山さん町支さんに引き続き無茶苦茶楽しかったです

ストリートロックの時代さん、ありがとう\(^o^)/

小山さんと研さんの貴重な2つのライブを主催者さん、ありがとう\(^o^)/







【オザ件、もしくはオザハラ!時に小山田もお邪魔だ\(^o^)/】



本日の回文
 
やい!泣きで事故……誇示できないや(T_T)

チーン


追突事故……ほんと大事に至らなくてよかったです


BGM

小沢健二
『それはちょっと』