柳町と隣り合わせに位置する薬王寺町。
江戸時代にあったが明治期には廃寺となっている薬王寺という寺院に由来する地名で、一帯は門前町を形成していたそう。現在も寺町としてのその名残が感じられました。
2019.1.2撮影
◎市ヶ谷薬王寺町の階段3
◎市ヶ谷薬王寺町カーブ道路脇の小階段
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※地図にも写真を掲載しています。
※オレンジのカメラマークは書籍に基づき探した階段。青のカメラマークは投稿者があらたに見つけた階段です♪
柳町と隣り合わせに位置する薬王寺町。
江戸時代にあったが明治期には廃寺となっている薬王寺という寺院に由来する地名で、一帯は門前町を形成していたそう。現在も寺町としてのその名残が感じられました。
2019.1.2撮影
◎市ヶ谷薬王寺町の階段3
◎市ヶ谷薬王寺町カーブ道路脇の小階段
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都営大江戸線牛込柳町から南、外苑東通りを東西に位置する市谷柳町の階段です。
江戸時代元は武家地、寺社領であったが、明暦の大火以降、被災者の移住により町人の町となったという柳町。寺町でもあり、蠟燭問屋が多く存在していたとのこと。
窪地で柳が多かったという言い伝えもあるそう。
天然理心流剣術の道場「試衛館」もこの地にあり、近藤勇や土方歳三、沖田総司など新撰組の中核をなす顔ぶれがここに通っていたことを想像すると感無量!
隣町の市谷薬王寺町と共催で催される七夕祭りでは、サンバカーニバルや新撰組殺陣パレードも行われれ、賑わうそうです。
2019.1.2撮影
◎瑞光寺への階段
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荒木町の階段その1からの続きです♪
2019.1.2撮影
◎荒木町の路地裏階段4/鈴新から新宿旅館までのスロープ状の蛇行階段
◎荒木町の路地裏階段5/策の池わきから金丸稲荷神社までの蛇行階段

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曙橋と四谷三丁目を挟む外苑東通りの東側、荒木町一帯は、江戸時代美濃国高須藩藩主・松平摂津守義行の屋敷があったところです。高須藩は、御三家筆頭である尾張藩の支藩で、幕末には松平容保もここから出ています。
この屋敷には滝を伴った大きな池があったそうです。その池で徳川家康(義行という説もある)が乗馬用の策(ムチ)を洗ったことから「策の池」と呼ばれた。その池はいまは小さくなっているけど、津ノ守(つのかみ)弁財天の脇にあります。
この辺り一帯が混みいった路地になっていて、あちこちに階段が配置されていました。
かつては花街として栄えた雰囲気も残っており、歩いていても楽しい一帯でした。
2019.1.2撮影
◎荒木町の路地裏階段1/仲坂
◎荒木町の路地裏階段2
◎荒木町の路地裏階段3/窪地を見渡す階段
外苑東通りにある新宿区片町と荒木町の境界に位置し、靖国通りの上を跨いでいる曙橋。
関東大震災の復興事業のひとつとして計画されたものの、実際の開通は1957年。
建設着工当時は、「合羽坂跨道橋」という仮称と呼ばれていたとのこと。
ここが大きな谷状の地形をしており、曙橋から靖国通りを見下ろすとその先に河童が出ると思われていた池があったと想像すると何だか楽しくなりました。
2019.1.2撮影
河童が出ると言われていた合羽坂
曙橋から見下ろす靖国通り
向こうが合羽坂下交差点
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