竹田市の岡城に名城百選のスタンプを持って見える観光客が増えている。

「やっと 念願の竹田城に来れた」という会話を盗み聞くことがある。


ころ合いを見て、ここは竹田市にあるが竹田城ではありません。岡城といいます、と

失礼のないように訂正する。

城が好きな人で名城百選を持って城めぐりをしている人の中にも、こんな人がたまにいる。


岡城の城主だった中川候が、竹田城のあった播磨から来ているので間違いやすさに

輪をかけるようなものだが竹田城と岡城は違う。


先日、テレビで城好きな芸能人が竹田城の素晴らしさを語っていて、人気ランキングが

全国三位だと話していた。確かに竹田城は素晴らしいのだろうが、その投票の中に

岡城が含まれているのではないか、という疑問がわいた。


竹田城と岡城の両方を訪れた人に話を聞くと、よく似た城だという。


岡城のある竹田市は名前の由来がはっきりしていないこともあり、竹田城の築城法を参考に

築いたという説も主流ではないが最近語られることもある。

岡城は築城の始まりが1200年代だから、山城の中でも圧倒的に古いほうなのだそうだ。

しかし、江戸期に城を完成する際竹田城を参考にしたことは否めないかも。


竹田城を訪れた人にはぜひ岡城も訪れて両方の素晴らしさを満喫してほしい。

岡城のある竹田市に帰省して数年経ちます。

城主のいたころに比べると城の周りの景観は荒れ放題だと思います。

石垣には大木が聳えそれなりに迫力のある景観ですが、おそらく城主のいたころは

石垣に木が生えるなどということはなかったと思います。しかし、大きな木も百年以内のものだと

思うのですが、大きな根を張っていますが石垣は微動だにしていない印象を受けます。

これほどまでに強度の強いものであったものかと感心させられます。


このこと一つとっても昔の人はすごいなーと思うのです。

会田雄次さんという京都大学の歴史学の先生がバサラという本の中で

述べていましたが、次世代の人たちが時間と金をかけて訪れてみたい

歴史的な資産は残念ながら民主主義では生まれないと。


この岡城の石垣を見て現在の土木技術や資金をかければ同じようなものは作れる

かもしれませんが、多くの賛同を得ることはできないだろう、という意味でしょう。


だから、歴史的に素晴らしいものが残っている地域はそれを維持するだけで

後世に素晴らしい資産を残したことになる、と説いているのだと思います。


わたしは、少しでも環境の維持ができるように協力したいと思い

レストランで働く傍ら駐車場の周りの草刈り作業などを始めています。


そのうち定年退職の友人たちとチームを組んで岡城○○隊を組織して

荒れ放題の里山の手入れをしたいと思います。

行政からの援助を受けるのでなく、自分たちの健康を保つことと、景観維持を兼ねて。


なお、レストランは化学調味料を使わないで地域の有機野菜を中心にしたパスタ料理を中心に

地域の人たちの憩いの場にしていただこうと再スタートしたばかりです。

ぜひお出かけください。