日曜の夜って憂鬱?  ブログネタ:日曜の夜って憂鬱?  参加中
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以前のブログ記事で、無宗教の日本人が抱える問題は


またいつかにします。と書きましたが、これはその続きですニコニコ


ネタにもあるように、日曜の夜が憂鬱になる人多いですしょぼん


仕事も学校も大変ですからしょうがないはてなマーク


でも、中には仕事が楽しくてしょうがない、勉強がしたくてたまらない


そんな人、周りにいませんか!?


いるわけないよむかっと思う方もいるかもしれませんので、具体例


今度、映画「はやぶさ」が上映されますが映画


あの映画のモデルとなった人々はまさに「これ」じゃないでしょうかビックリマーク


憂鬱な日曜を迎える僕らと彼らの違いは何でしょう耳


それは、自分が達成したい目標があるということです合格


「そんなコトないよむっ」と例えば


「俺だってもうすぐ部長で年収2000万という目標達成だぞ」とか


「医大に合格して医者になって、父親の病院を継ぐという目標がある」とか


反論があるかもしれません


もちろん、その目標で活き活き頑張って行ける人もいるでしょう


でも、同じ事をして、憂鬱な夜を過ごしてしまう人もいるのです


それは、部長になって会社で重要な人物だと思われたいとか


医者になって、両親に自慢の息子だと言わせたいとか思っているような人です


目標達成の評価者が自分じゃないから、不安になるんです


そして、結果として目標達成できなかった時は全ての苦労は水の泡と感じます


運良く目標を達成できたとしても、


次に何を目標にしたらいいのかわからなくなったりしますドクロ


いわゆる「燃え尽き症候群メラメラ」です


自分がやりたい事をする。これが大事なのです。


そうすれば、日々の苦労は「生きてる」ことの証しとも言えるでしょう


だけど、そんな例じゃなくて


奥さんがいて、子どもがいて、家のローンがあって、教育費も重荷で


仕事はすっかりマンネリだってのに、辞める訳にもいかない


そんな、だれも評価してくれない(それどころかなめられているガーン


もちろん自分だって満足してない


そんな時に効果があるのが、宗教なのだと思うのです


自分はこんなに毎日頑張って生きているのは間違ってないだろうか!?


そんな思いに押しつぶされそうな時、神様を信じている人なら


その存在に救われます天使


まして、キリスト教やイスラム教は最後の審判があるという事ですから


苦労は水の泡になったりしません、必ず報われます


ここが無宗教民族となった日本人富士山のメンタル的な弱点です


それなのに、アメリカから成果主義、能力主義が本当の民主主義と押し付けられ


毎年の自殺者が3万人を超えるような国になってしまいました


神様の勧賞がない日本人はアメリカ人よりはるかに競争意識が強く


勝ち組負け組などというくだらない流行語まで産まれました


でも、憂鬱な夜こそ自分に向き合うチャンスだと甘棠は思っています


何が憂鬱なのか、会社の何がイヤなのか、家族の問題があるのか


考えていると、解決の糸口が見えてきたり


視点を変えてよーく考えるとたいしたことないなと思えたり


任された仕事が自分にできそうもない仕事だったと分析できたら


無理せず上司に相談しようという勇気が湧いてきたり


子どものワガママだと感じたことが、自分も昔はそうだったと思い出したり


奥さんにイライラしたのは自分の甘えだと気づいたり


いつの間にか前向きのエネルギーで元気いっぱいになれるのです晴れ


神様に手を引いてもらうのが間違ってるとは言いませんが


自分と向き合うことで憂鬱な夜を過ごすのが僕は好きですね夜の街