上田です。
『日刊タイビジネス』2011年12月9月号に掲載されたエッセイを、許可を得て転載します。
オバマ大統領の外交政策転換に関する新聞記事で、頻繁にインドネシアのユドヨノ大統領の写真が頻繁に掲載されているのにヒントを得て書いたものです。
12月の3年生のゼミでインドネシア勤務経験有の経済学部OBの方をゲストスピーカーとしてお迎えするので、一度3年生のゼミでもインドネシアの話をする予定です。参考になれば幸いです。
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ASEANの「顔」
かつて東南アジアには、大物政治家が君臨していた。彼らは、長期政権を維持し、戦後の開発を進め指導力を発揮した。
シンガポールのリー・クァンユー(1959-1990)、マレーシアのマハティール(1981-2003)、インドネシアのスハルト(1966-98)などがその代表である。彼らはいずれも、数十年に渡り実権を掌握し、ASEANといえば彼らの顔を思い浮かべた人は多かったはずである。
スハルトはすでに亡くなり、あとの二人も政治の表舞台から姿を消した。そういう中で、現在のASEANの「顔」は誰であろうか。最有力候補は、インドネシアのユドヨノ大統領であろう。
前述の3人の存在力には及ばないが、再選を果たし、民主化への移行を成功させた。経済も好調、加えて、インドネシアがASEAN加盟国唯一のG20のメンバーとなったことで、近年はASEANを代表する政治家として登場する機会が増えたように思う。
悪名高い独裁者ではあったが、フィリピンにもマルコス(1965-1986)という著名な政治家がいたことを考慮すると、ASEANの資本主義体制国で、「大物」政治家を出していないのは、タイのみということになる。
2006年のクーデタで政権の座を追われたタクシンは、ASEANの「顔」を目指していたはずである。農村部からの圧倒的な支持で、2001年に首相に就任し、タイの政権としては史上初めて4年間の任期を全うした。2005年に再選を果たし、二期目に入った時、すでにマハティールは政界から引退しており、ASEANを代表する政治家の席はいわば空席の状態であった。
インドネシアが初めての直接選挙によって、ユドヨノ大統領を選出したのは2004年のことであるから、当時のインドネシアは、民主化への歩みを始めたばかりで、国際的な知名度も、タクシンの方が上だったように思う。
結局、タクシンの野心は、伝統的な保守派階層の力により挫折する。この保守派の要請を受け、実働部隊としてクーデタを起こしタクシンを追放したのが陸軍である。
京都大学の玉田芳史氏によると、陸軍が3軍の中で圧倒的な優位を確立するのは、1951年のことであるという。元来、タイの海軍は陸軍に劣らない政治力を持っていたが、同年、クーデタを起こした海軍が陸軍に敗れたことにより、タイにおける陸軍の圧倒的優位が確立した。その後、一時期を除き、1992年の流血事件に至るまで、陸軍が政治を動かしてきた。
1992年以降は、陸軍の政治的役割が縮小したため、私などは軍が政治に介入する時代は終わったとみていた。しかしながら、陸軍は、2006年のクーデタによりタクシン政権を倒し、その政治力が健在であることを見せつけたのである。
このクーデタの知らせを聞いた当初、私は、タイの保守派と陸軍が「内向き」志向の強い勢力であることに驚いたものである。タイは国際貿易の進展などのグローバリゼーションの中で、経済発展してきた国である。タイの将来を考えるのであれば、中国や他の新興国との競合関係をいかに生き抜くかということが、タイにとって優先順位の高い課題であったはずである。
しかし、保守派にとっては、それよりも自分たちの利益を守ることに執着し、そのために脅威となったタクシンを追放することにエネルギーを注いだ。この保守派のためにクーデタを起こした陸軍は、果たしてタイが置かれている国際的な状況を理解しているのだろうかというのが、私の率直な感想であった。
彼らが「内向き」なのは、タイの政治が陸軍中心で動いてきたからではないだろうか。
歴史を振り返り、大英帝国の繁栄を支えたのがイギリス海軍であったことを思い起こせば、そもそも海軍の方が陸軍よりも「外向き」志向といえそうである。タイにおける1951年のクーデタで、もし海軍が陸軍に勝利していたのであれば、タイの歴史も変わっていたのかもしれない。
ところでオバマ大統領が、外交の軸足を中東からアジアへ転換することを明らかにした。この政策転換により、大きな恩恵を受けることになるのがASEAN諸国である。
米豪両政府は、オーストラリアのダーウィンに米海兵隊を駐留させることで合意した。ダーウィンは同国の北海岸に位置し、地理的に東南アジアに近い都市である。米国側の意図が、軍備を増強しつつ南シナ海で影響力を拡大する中国の牽制にあることは明らかである。
南沙諸島には石油とガスが豊富に存在するとされ、その領有権を巡ってフィリピン・ベトナム等と中国が鋭く対立している。今回のオバマ大統領の決断によりASEANの国際舞台での重要性が高まることになったのである。
この世界が注目するASEANの顔として、2006年のクーデタに始まる一連の騒動がなければ、タイの首相がメディアのトップを飾っていたかもしれない。そう考えると、タイは保守派の内向き志向のおかげで、大きなチャンスを逃してしまったのである。