知識は無くてもいいと思ってた
その、知識の引き出しさえ分かっていれば、

でもそうじゃないなと思った。

何故なら、知識が自分の中にないと、自分から出てくる発想も乏しくなると思から、

アイディアを考えようと思った時自分の中で知識どうしの相乗効果が生まれなくなるから、それだけ発想も乏しくなるような気がするから、だから知識もいれようと思った。



無事ボランティア日程をすべて終えて今、京都に向かっているバスの中です!

この4日間で色んなことを感じました。
うん、

「バス停で2人のおばあちゃんの会話での言葉」

「親戚も、家もすべて流されてしまったんよ.....」

震災の被害は想像以上で、正直これからも震災被害とのたたかいは続いていくんだなと強く感じました。

厳しい。

正直、東北にくるまでは心のどこかに旅行気分の気持ちもあったかもしれません。

その気持ちが変化したのは、気仙沼駅近くになって電車の中で1人のおばちゃんから話を聞いてからでした。

ギリギリで知り合いの人が助かった話、今流されて服がなくなった人のための服をつくっている話などをしてくれました。

助かった人の何倍も亡くなった人が多いであろうにも関わらず、話しでも気を聞かせて助かった人の話しをしてくれました。

話しの内容というよりは、話をしてくれてるおばちゃんから、何と表現していいのか分かりませんが、大変な状況の場所に来たのだなと感じました。

正直来てよかったのかなとその時少し思いました。現地のひとに寄り添うとか、そんなこと簡単にできんし、東北の人の気持ちを完全に理解すること何かできんし、

でも今ボランティアを終えて思うことは本当に来てよかったなと思いました。まぁこの行動に意味付けするのは自分ですから、客観的な視点とか全くありませんが

被害の状況を自分の目で見て、東北の人と知り合いになれて、来る前よりかは現地の人の気持ちを少し理解できるようになったかなと思うからです。

もちろん、来た人のほうが東北の人の気持ちを理解できるとかではなく、個人的にです。

うん、かと言ってこれから関西に帰って東北支援のために全て動いていくわけではありません。

じゃ自分はどう動いていくのか?

僕は、今自分のしている先にも将来役に立てる人がいることを信じて自分にできることをやっていこうと思います!

それがいいことかどうかはわかりません。

でも自分を信じてやっていこうと思います!

東北でお世話になった方々本当にありがとうございました。












iPhoneからの投稿
ボランティア1日目昨日無事終了しました!

昨日は溝のどろかきをしました。街の津波の被害の状況は予想以上にひどく、表現はよろしくないかもしれませんが、戦争で家が襲われたのではないかと思うような状態になっていました。6ヶ月たった今でも、崩壊した家はそのままの状態で残っていました。

どろかきの作業は地元住民の人を中心に行われていました。年齢は大半が60歳以上の高齢者だったように思います。79歳のおじいちゃんもいました。

僕たちを迎え入れてくれ、明るくふるまっているように見えましたが、内心どんな心境なんだろうと考えていました。

80歳を迎えて今まで育った街が流され、人生の終盤を迎えて溝のどろかきをする気持ちは、仮説住宅で暮らさなければいけない状況はどんなものかと?

また、小さい子供を持った若いお父さんはカブト虫とりに行こうと誘われて、どろかきのために何とか言って断っていましたが「昨日もそれ言ってたやん」と子供に言われる気持ちは?

漁師として海と共に海に感謝しながら生きてきて津波に家をのみこまれた気持ちは?

色々な気持ちの中で、でも前を向いて活動している姿をみて本当に言葉にならない気持ちでいっぱいでした。
というか、前を向いて活動するしか選択肢がないんですよね....
うん

問題は沢山あります!
これからの復興計画!
それに共なって出てくる財源の問題!
漁業も津波が起こる前から厳しい状況だったみたいで、この津波によってさらに漁業離れが進んでいるのだとか?
ということで第一次産業離れの問題とかもありますよね。
高齢化が進む中街はどうなっていくのか?
うん

教授が話してくれてたことなんですけど高度経済成長にともない、都市化が進み若い者が街から減っていき、東北の人はどこかに寂しさを抱えて生きているような気がするみたいなことを言っていて確かにそうかもしれないなという感じはうけました。

僕たちは何ができるんでしょうね?
何をしていかなければいけないのでしょう?

うむ、自分の役話を今日も考えます!








iPhoneからの投稿