日本共産党大会結語は公開ハラスメント | 日本と大分と指原莉乃の左翼的考察|ケンケンのブログ

日本共産党大会結語は公開ハラスメント

日本共産党第29回大会が終わった。

田村智子副委員長(当時)による結語で、ある発言者への批判を長々と厳しい言葉で行ったことが「公開パワハラ」だと指摘されている。
僕は大会結語の内容には賛成だが、その形式がハラスメントにあたる、と考える。

党中央として大会結語の該当部分をハラスメントとして認め、中央委員会報告で述べられたハラスメント根絶策に基づいて対処することを求める。

大会結語の録画



大会結語のテキスト



思い出すのは、田村智子氏が、小池晃書記局長にパワハラを受けた、とされた件だ。ここは、2022年参院選での猪瀬直樹氏の維新女性候補者に触ったとセクハラ批判があった件でもいい。これらの件では、ハラスメントを受けたとされた側がハラスメントと認めていない。それでもハラスメントだと認定して批判するのが妥当だ。

多くの人が見ている場での言動は、見ている人々が不快に思えばそれはハラスメントだ。「被害者」が表向き、何と言おうと言うまいと。ここを確認しておく必要がある。


何が問題だったかを検証したい。


大会結語のある発言者への批判は、隙のない論理構成にこそ問題がある。

発言者は自分に有利と思われる論点を選び、結果、本体であるはずの除名処分そのものへの批判が弱くなった。発言者の能力の問題であると見るのが普通だろう。「姿勢」が問題にされているが、その及び腰には、別の配慮が必要なのがハラスメント対策になると考える。

その弱点を容赦なくつくことは、権力者相手には有効だが、日本共産党中央の粋を集めて一代議員に対してぶつければ弱い者いじめに見える。
ここは報告者や採決で賛成した大会代議員がどういう主観を持っていたかは関係ない。視聴していた人々にそう見えたということが重要だ。

もう一つの問題は、言葉遣いだ。

具体的に抜き出してみると
1.発言者の姿勢に根本的な問題がある
2.主体性を欠き、誠実性を欠く
3.節度を欠く乱暴な発言

1は要らない。その後の指摘で内容的には充分だ。
2は除名処分批判にはなっていない、というだけで充分だ。
3は「言い過ぎ」で充分だ。

こういう強い表現で強調する必要は内容的にはない。こういう強い表現を用いるのは、かねてより、除名された元党員への批判でも目立ち、ベテラン党員である僕には、懐かしさをもって迎える、おなじみの文体だ。かつて「反党分子」やニセ「左翼」暴力集団への批判ではこうしたどぎつい言葉が用いられるのが通例だった。
今でもそういう文体や用語法で、党攻撃者への反批判をするのは得策ではない。冷静に見える言葉遣いの方が、説得力があるのではないかと考える。

大会結語で、発言者についても、除名された元党員につあても名ざしを避けたことに意義はあるが、いずれも個人名を容易に特定できるものであり、特に大会代議員については無用な打撃的批判にあたると考える。批判そのものは必要だったと考えるが、もっと同志的批判であるべきであった。

正直に言っておくと、当初、僕はここに問題を感じなかった。旧い党内用語に慣れて麻痺してる可能性はあると思い、テキストを検討してみると、以上の問題があると考えた。
最初は動画で視聴したが、どうやら田村智子さんの柔らかい声が強い言葉の印象をやわらげていた可能性がある。もちろん、僕が強い表現に麻痺していたのは間違いない。

最後に、以前は紙屋高雪くんが『前衛』2023年6〜8月号に掲載された大和田幹太論文を紹介した記事へのリンクをはっておく。
興味のある方は、大和田論文にあたっていただきたい。