娘さんを通して知り合って半年余りの方が 自分の罪を認めて

主イエス様を救い主と信じ、洗礼を受けて父なる神様の子どもと

されました。人生を真摯に生きて来られたその方は、陰の努力を

惜しまず ひたすら周りに仕え、多くの信頼、信望が集まる輝かしい

生涯を歩まれました。 その規模は実に世界的で、そのような方が

上田市内におられたのだと 驚きます。

 

しかし、どれほどの偉業を成し遂げ、見事な業績を積み上げよう

とも それを以て天の御国の扉を開かせることはできません。

朽ちない命か朽ちる命か 考えれば誰もが朽ちる命など求める

はずがありませんが、朽ちない命につながる道を知りません。

「わたしが道だ」と言われるイエス様と出会う人生が、どれほど幸い

かしれませんね。

 

洗礼式の朝、同じ施設に入所されている奥様と 娘さんご夫妻、

そしてクリスチャンのお友だちが共に立ち会われました。医学的

には手の施しようのない状態にあるそうですが、車いすを使って

おられた彼が、歩いて私たちを迎えてくれました。そしてみ言葉が

読まれ、洗礼が授けられ、罪のゆるしが宣言されました。 

その部屋は神の子とされた喜びに包まれましたが、次の瞬間 

「はっきりしていることがあります」 と語り出され、「先ほどまで

体がつらく、苦しかったのに 今何もありません」

「今さっきまであった具合の悪さが 今はない」 と力強く言われ

ました。その表情と声に 平安と喜びがありました! 

勿論身体に起こることよりも 魂に起こった事実の方が はるかに

上回る奇跡です!!! しかし、辛く長い闘病生活で 身体も心も悲鳴を

上げる日々は想像を超えます。その痛む自覚が、洗礼を受けた途端 

消えたかのように身体に感じられたことは どんなに嬉しく驚くべき

ことでしょう!? 

身体の症状を超える平安と喜びがあるということは、観念ではなく

事実ですが、やはりわずかな痛みにも敏感で、そこばかりに捕われ

やすい裏腹な弱さのあることに 誰もが思い当たります。 

最善の医療が与えられるその中に、そこに介入なさる主のあわれみ

と不思議を ひたすら待ち望み祈り続けます。

 

主が日曜日に共に礼拝をささげる喜びに導いてくださいますように!

切に❤ 心を注ぎ出して祈りましょう!!!