山田寺跡(奈良県桜井市山田1258)。


  • 創建: 641年(舒明天皇13年)に、大化の改新の功臣である蘇我倉山田石川麻呂が発願し、造営を始めました。 
  • 歴史: 石川麻呂が謀反の嫌疑をかけられて金堂で自害したため造営が一時中断しましたが、その後再開され、685年にほぼ完成しました。中世以降に衰微し、12世紀後葉にはほとんどが焼亡したと推定されています。 
  • 重要な発見: 1982年からの発掘調査で、倒壊した東面回廊が土に埋もれた良好な状態で発見されました。当時の建築部材は、約300メートル離れた飛鳥資料館に展示・復元されています。 
  • 関連文化財: 奈良市の興福寺にある国宝の銅造仏頭(旧東金堂本尊)は、もともと山田寺の本尊であった丈六薬師如来像の頭部と伝えられています。
  • 宝蔵。



    東面回廊。



    (飛鳥資料館に展示上差し)ラブ





    礎石。



    史跡 山田寺跡。



    金堂と札拝石。





    曼珠沙華。



    山田寺。

    奈良県桜井市山田にある法相宗の寺院。山号の大化山は創建者の蘇我倉山田石川麻呂が大化の改新の立役者の一員であったため、その功績を賛えて命名される。本尊は十一面観音。蘇我倉山田石川麻呂の発願により7世紀半ばに建て始められ、石川麻呂の自害(649年)の後に完成した。法号を浄土寺または華厳寺と称する。中世以降は衰微し、明治初期の廃仏毀釈の影響を受け、廃寺となった。その後、1892年(明治25年)に小寺院として再興されている。








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