生きることについて


僕も論じてみようと思います



今日の一日


昼起きる、まだ瞼が重い


今日の予定


17時からバイト


以上



起きる、新聞を読む


圧倒的情報量に混乱する


フムフム、自民と民主の話、原爆、裁判員


どれも自分の世界とはかけ離れてる


紙面の現実と乖離した自分の現実


心に留まらない



バイト


レジ打ち


以上


店長との会話、バイトの人との会話


便宜的付き合い


今日は存在しているのに、生きてない


僕は生きるていることを実感してない


入れ物と内容物がマッチしてない


ハンバーガーの具に明太子が入ってる



僕は楽しいと思ったら生きていると思うことにしています


そりゃもちろん楽しいっていうのはつまらないがあって始めて


実感されるものだってのも分かってます


だったら死があって初めて生きていると実感されるって


まぁ僕の定義なのでほっといてくだぱい



友達、気の合う仲間がいて初めて生きていて楽しいと思う


だから楽しい=生きる価値だと


だから生きる=楽しいとして



でも突き詰めていくと友達の定義も形骸化されてる



だから友達の定義を考えると


落ち込んでたら励ましたくなる人ってことにした



でも、いつも同じメンバーといるとたまに疲れる、喧嘩もする


そいつの自分像と実像の触れ合う面があまり大きくない


その一致したところにしかそいつといる自分はいない


そうやって会う人会う人によって仮面を挿げ替えて


そうしていくうちに、一人でいる時の自分が本当の自分だと思うようになる


でも一人は楽しくない


ってことは存在してない



そんなこと考えたりします???



今はなんだかとろけそう、トーストしたパンの上にのったバターみたいに


周りに馴染みそう


そうすることを調和とよぶなら


世界はみんなバターになっちゃえばいいのにね

128億円の財源はどこからでてくるんだろ



チームコンセプトが定まらないままの獲得


ペジェグリーノの手腕が大きく問われそう



カカがジダンで

ロナウドがフィーゴってとこかな


これで今年のチャンピオンズリーグ決勝で


決勝ゴールでも決めたらまた伝説になりそうな予感





今回はバイトについて語ろうと思いまっする。




僕はとある、24時間営業大手小売業界で働いてます。


そこで問われるのは、「要領のよさ」


居酒屋みたいに店員のサービスがどうとか


カフェみたいなおしゃれさとか一切ありません


まぁでも商品渡して「ありがとうございます」


とか言われたら気分が高揚してしまうんですけどね



そこで行われるのは徹底した簡易さ、利便さ


携帯料金の支払いから、宅配便、調理、チケットまで様々なことができます



そこで店員がしなきゃいけないのは


素早く要領よく作業を進めること


急いでスイカをチャージしたい人もいるし


急いで缶コーヒー飲みたい人もいる


いちいち袋に入れないでくれるなと


そこでは人間関係はあまり重要じゃなくて


どこか乾いてます


ヤクザみたいな人にパンあっためてくださいと言われると


微笑ましいです


勤務後にレジ金を数えなきゃいけないんですけど



大概あいません



いつどこで多めに渡しちゃったのかなー


っていつも頭を抱えています



計算してみると100回バイト入ったら4万以上いっちゃいそうな


って計算微妙すぎるよ!


っていうね


まぁいいたかったのはコンビニってすごいなってことと


夜勤明けの日は、生活リズムが崩壊して


まったく朝起きられなくなるので


就職したあと、早起きできるか不安

4月23日を持って無事に就職活動終えた。

いやー長かった。長かったし遠かった。


出口のない海をさまよい続けて、

何度か海水を飲んで、肺に空気を溜められなくなって

沈んでいく、ような気がした。そんな就職活動だった。







周りには

就活っていう選択肢しかないのが嫌だとか

皆同じ格好して、同じこといって、気持ち悪いだとか

いう人達もいたけど





結局そういう人達が言うのは

自分は「他の人とは違う」

「特別なモノを持っている」っていう願望が一番にあるんだと思う。





「人と違ったことをやりたい、何かデカいことやりたい」



そんな科白の裏に隠れてるのは、結局「自分は特別」

っていいたいから、そうありたいから、そう望んでるから、なんだと思う。





自分もそうだったと思う。





そんな不安定でグラグラした自己顕示欲があふれ出てる




現実にアーティストとかスポーツ選手とか

特別な「何か」を持ってる人は沢山いる

それを努力っていう言葉で称えるのも十分いいと思うけど

才能っていう先天的なモノは、確かにそこにある、はず。






90%以上の人は、そんなに傑出した「何か」を持ってない、かな。







幼稚園の頃は、サッカーをしていて、楽しくて、いつかはプロになれたらなって思って



ある人は、そこで飽きて止めて

ある人は小学校で壁を感じて

ある人は中学校で他の遊びに吸い寄せられて

ある人は高校で、恋愛に目覚めて…





最後まで「無理だ」を感じなかった人、最後までそれだけに邁進できる人

「なれたら」、じゃなくて、「なろう」、と思えた人のみが立ち入れる場所。








だったら自分は何が出来るか…





















就職活動しかない!





毎朝早く起きて、通勤ラッシュに塗れて

痴漢に間違われないように気を使って

客に頭下げて、上司に怒鳴られて

たまに同僚と飲みにいって部長の悪口吐き出して

でもそいつと結局成績競り合って

たまの休日で家族と遠出して

逆に疲れて





あぁ、なんてかっこ悪いんだろうとか思ってたけど





結局自分にはそうなる道しかない。

だったら、せめて仕事をやるんだったら

胸張って自分の仕事はコレだって言える物がやりたい!



そこから就活は始まったのでしたー








長くなったから寝よ。