あれは小1の春、もしくは夏、もしくは秋、もしくは冬だった。

冬だったはずだ。

小学校の頃、班登校をしていたぼくは、その時の班長にこう言われた。

『野球しようよ!』

こんなに爽やかな『野球しようよ!』というセリフがあっていいのか。

これまで『鬼ごっこしようよ!』とか『いろおにしようよ!』とか『こおりおにしようよ!』とか、全部鬼ごっこだが、誘われたことはあっても、『野球しようよ!』と誘われたのは人生で初めてだった。

その時のぼくの反応は極めて薄かったと思うが、班長はむしろ反応してくれた、ということに喜びを見出していたのかもしれない。


とにかくパワ○ロの冒頭で見る『野球しようよ!』の質とはかなり違っていた。


ぼくには幼馴染がいる。
今ももちろんのこと交流もあるし仲がいい。
その子をぼくは野球に誘った。
ぼくは一人で野球に行くのが怖かったのだ。
でも彼と一緒に野球がしたいという思いはもちろんあった
爽やかな『野球しようよ!』が言えたのかどうかは、彼の人生が物語ってくれていると思う。

登校班は違ったが、もしかしたら彼も同じタイミングで誰かに誘われていたのかもしれない。
桜が咲いていた。
ぼくたちは同じ日に体験入部した。

通い慣れた、見慣れた小学校での練習だったのだが、いざ環境が変わると遊び慣れたグラウンドも別の顔を見せてくる。

壁に的があるのだが、普段は気にもとめない的だったはずなのに、練習のために使うとなると、とてもじゃないけどただの的には見えなくなってくる。
真ん中に当てる練習なのだが、的にすら当たらないとは思わなかった。

体の大きさも、小1と小2からの違いには驚くばかりで、何もかも領域が違った。
そんなアウェイの環境の中、班長を探す。

いない。
なぜだ、なぜ班長がいない?

あんなに爽やかに誘ってくれたのだ。
僕をおいていなくなるわけがない。
ぼくは班長に憧れて入部したといっても過言じゃないのに。
一緒に野球というものができると思って入ったのに…。
なんでいないの班長!

いるはずがないのだ。

誘われたのは冬。
ぼくは桜の季節、新2年生として練習に参加している。

だいたい班長というものは6年生がやっていて、その班長も例外ではなかった。

いるはずがないのだ、少年野球のチームには。

正直ショックではあった。
憧れなしで野球をしなけらばならないとわかってしまったから。

しかしぼくはその時すでに野球というスポーツにこころを奪われ始めていた。
同時に幼馴染と一緒に野球する喜びの方が強かった。
ただただ野球がしたかった。


そんなぼくたちが入部した当初、同級生はチームには誰もいなかった…。


つづく。


悠介