【サイレンススズカ】 NO.3
見事にプリンシパルSを快勝してくれたサイレンス。
改めて、本当に凄い馬だと痛感させられた瞬間でもあった。
それと同時に、先生の考えていた事、
先生の方針も間違っていなかった事を改めて感じた。
それだけサイレンスは凄い馬だった。
そして、いよいよダービーに向けて調整を続けていく訳なのだが、
丁度この頃から、
それまで毎日サイレンスに跨がってきた調教に乗らなくなってしまった。
なんでかって?
たぶん先生は、ダービーに向けて悔いの無い調教をしたかったんだと思う。
確かにダービーは、
その馬達にとっては一生に一度出れるか出られないかの、
サラブレッドに生まれてきたからには頂点とも言えるべき舞台。
だからこそ、悔いの無い調教をしたかったんだと思う。
その思いは、言うまでも無く伝わってきた。
俺は、それまでサイレンスの追い切りは、
絶対に目一杯の時計を出す事はして来なかった。
それは、前述までに何度も書いてきたが、
サイレンスの精神状態が本当に紙一重のところで保たれていたためで、
レースで相当なテンションのところまで行ってしまう反面、
調教では、そのテンションをいかに落ち着かせるか、
ひと安心させる事が出来るかで苦労していた。
いわゆるONとOFFの切り替えが出来なかった、
真面目過ぎて。
だからこそこの馬に限っては、
一杯に調教をしてしまうと、
ホッと安心出来る気持ちのよりどころを奪ってしまう様な気がして。
そうなるとどうなるか?
常に一生懸命に走ろうとしてコントロールが効かなくなってしまう。
繊細過ぎるという事がこうゆう形で競走能力に影響してしまう訳なのだが、
本当に難しかった、この馬は。
だからこそ勉強になった。
そして、いよいよダービーの週が来たが、
水曜の追い切りにも俺が乗る事は無かった。
結局、プリンシパルからダービーのレース当日まで、
一度も乗る事は無かった。
そしてサイレンスは、
予定通り目一杯の仕上げでダービーに臨む事となった。
その時のサイレンスの精神状態?
中間に乗って無かったが、
雰囲気と仕草でずっと感じて分かっていた。
そしてダービー当日、
レース前から先生と作戦を話し合っていた。
その考えは俺も先生も一致していた。
だから、俺も先生も必要以上の事は何も言わなかった。
というより、言う必要が無かった。
思いが同じだったから。
このブログのコメントにもあったが、逃げるとゆう選択肢はなかったのか?
それは無かった。
俺と先生の考えは、あのプリンシパルSの様なレースであった。
ああいうレースをさせてあげる事が、二人の理想で共通していた。
ただ、レース展開というのはゲートが開いてみないと分からない。
それに、この大レースには、
18頭の馬に騎乗する騎手や、管理する調教師、オーナー、
他にもいろんな人達の思いが集結している。
それぞれが、勝つためにいろんな展開を考えている。
だが、必ずしもみんながみんな自分の思った展開になるとは限らない。
というより、まずほとんどの馬の騎手や調教師の思った様にはならないだろう。
それが競馬である。
その中でも、一番上手くレースの流れに乗れた馬が優勝する事が出来る。
もちろん、その中には人馬の呼吸が絶対の条件なのである事は言うまでもない。
かくして俺とサイレンスは、ダービーという大舞台に臨んでいった。
沢山の思いを背に、俺は装鞍の時からサイレンスを注意深く見ていた、
その時の精神状態を見る様に。
そしてパドック。
サイレンスのテンションはいつもと変わらない様にも見えたが、
俺には少し力んでいる様に思えた。
だから、騎乗の合図がかかりサイレンスに跨がった瞬間から、
俺は落ち着かせる事だけに専念した。
出来るだけ会話をする様に声をかけた。
そして馬場入場。
お客さんの声援がコースに飛ぶのと共に、
一気にサイレンスのボルテージが上がっていく。
そして返し馬。
俺はなるべくゆっくりゆったりと走らせた。
しかし、サイレンスはハミをがっちりと噛み離そうとしない。
すでにパニックに陥っていた。
俺は、なんとかこのパニックに陥ったサイレンスを正常に戻すように努力した、
歩かせるスピードと話しかける事で。
そして、集合合図がかかるとラチ沿いをゆっくりと歩かせ、
一番最後に発走地点に向かった。
そして、いよいよファンファーレ。
お客さんの大声援と共に、サイレンスのボルテージもMAXに。
まさに一触即発状態。
その時の俺が、この時のサイレンスにしてあげられる事は、
微々たる事だけであった。
そして緊張のゲートイン。
サイレンスはおとなしくゲートの中に入った。
暴れる事もなく、ジッと我慢していた。
俺も、この緊張の一瞬を全身で心臓の鼓動を感じ取っていた。
そして、最後の馬が入ると、ほんの僅かな一瞬の静寂。
それと同時にスタートが切られた。
サイレンスはいつもの様に好発を切り、一気にスピードアップ。
そして1コーナーに向かって行く。
俺はなんとか宥めようとするが、一気にテンションが上がってしまった。
サイレンスをコントロールする事が出来なかった。
と言うより、コントロールが効かなくなっていた。
そう、俺が一番恐れていた状態だった。
もうこうなってしまった以上、俺にはどうする事も出来なかった。
暴走にも近い状態でレースが進んでいく。
口を割り、人馬とが喧嘩をしてしまい、最悪の状況。
そのままレースは進み、
ようやく行きたがるのがおさまったのは4コーナー手前。
そのまま直線へ。
それでも、直線では馬群の間から脚を使い伸びかけたが、
さすがにそれまで折り合いを欠いていた事が響き失速。
最後はそのままゴール。
俺はその瞬間、なんとも言えない悔しさが込み上げた。
その悔しさとは、ダービーというレースをこの様な形で終えてしまった事。
そして、コントロールが効かなくなってしまっていたサイレンスの状態の事。
そして、どうする事も出来なかった自分自身の事。
ただただ悔しさだけが残り、引き上げて来る時に俺は、
サイレンスに謝ってばかりいた
「ごめん、ほんまにごめん」
と。その時、サイレンスに対して初めて悔し涙を流した。
そして、ダービーは終わった。
<続く>