【サイレンススズカ】 NO.1 | 上村洋行オフィシャルブログ「うえちんのひとりごと」Powered by Ameba

【サイレンススズカ】 NO.1

サイレンススズカと最初に出会ったのは、




俺が海外修行から帰ってきて初日の調教だった。




この馬は、橋田先生が俺の




「久しぶりの日本での復帰戦に」




と、わざわざ温めて置いてくれた馬で、




俺の帰国する少し前に入厩させて、




調教開始のその日から、




ずっとほぼ毎日俺が調教していた。




最初の第一印象は、




馬体は少し小さいけどもの凄く柔らかくて、




ゴムマリの塊というか、




もの凄くバネの効いた走りをする馬だなぁっていう印象。




調教を何日かしたところで、




初めて坂路で軽く速いところをやった。




55~56秒位やったかなぁ?




その時初めてこの馬の本当の凄さを知った。




スピードを上げるにつれフォームが沈んでゆく。




そして「いつでも弾けるぞ」と言わんばかりに、




軽々と坂を駆け上がりゴールした。




そしてサイレンスは息ひとつ乱れず、




何事もなかった様に落ち着き歩きだした。




当然まだまだ余裕で、




俺もそれまで体験した事のない凄い感覚に、




正直、震えたというより全身がシビれた。




当時、俺がまだデビューしてから5~6年位やったかなぁ?




それでもそれなりにいい馬に乗せて貰ってきた方だった。




しかし、それまで乗って来た馬達とは、




明らかに次元が違うというか、




レベルが違っていた。




その時俺は、




(うっわぁ~、この馬とんでもないぞぉ!)




と思ったが、とんでもなさ過ぎて、




どこまでの馬なんか分からんかった。




普通は「重賞級」とか「クラッシック級」とか「GI級」とか表現するが、




多分、そんなレベルじゃあないはず。




これはGIいくつというレベルの話じゃあない!




こういう馬こそが世界レベルって言うのと違うか?




と、その時まだ大レースを勝っても無いし、




当然、海外のレベルの物差しも分からん俺やったけど、




そんなふうに思い、その時は




(なんかとんでも無い化け物に出会ったぞ)




って思った。




(この馬を大事に上手く育てていけば、将来とんでも無い馬になるぞぉ)




そう感じていた。




その思いとは裏腹に、




(ちょっとこの馬、繊細過ぎるなぁ)




とも感じていた。




繊細というのが決して悪い訳じゃあ無いんやけど、




競走馬にとって必要以上に繊細過ぎるというのは、




ある意味ネックになってくる。




それがレースに悪影響を及ぼしかねないからであった。




だから、俺はその段階から、




(この馬は、上手くいけばとんでもなく凄い馬になるかも知れん)




でも、ひとつ間違えば




(繊細過ぎるが故に、この馬の能力を惜しいままにしてしまうかも知れん)




とも感じていた。




だから、この馬には毎日自分で乗る様に徹底した。




それは、この馬に限っては、




乗り手が変わると繊細さが災いして、




コントロールが効かなくなってしまう恐れがあったからで、




違う言い方をすれば、誰にも乗せたくなかった。




それ位、俺が惚れ込んだ馬だった。




そして、この時から俺はサイレンスを、




大事に、本当に大事に調教していった。




まるで、ガラスの芸術品を扱う様に。




それ位繊細だったのだ。




それからだ、




俺が本当の馬との接し方というのを教わったのは。




そして、俺はサイレンスに色々と勉強させて貰うと同時に、




競走馬にとって何が大事なのか、




何が足りないのか、




どう接するべきなのかを、




サイレンスに携わる事によって教わっていった。




そしてサイレンスのデビュー戦。




そのデビュー戦の調教でも、




この馬の持っている能力を、




ほんの少しだけ確認してレースを迎えた




(軽い追い切り程度にして)。




失礼な言い方かも知れないが、




それで十分勝てると思っていた。




それよりも、




レース前から馬なりで何馬身離せるかを考えていた。




それ位自信があった。




だから、その時同じレースに乗っていたジョッキーにも冗談抜きに




「僕の馬には多分ついて来れませんよ」




って言ったのを今でも覚えている。




そして、




「レースが終われば、この馬のとんでもなさが分かりますよ」




って言ったのも。




そしてゲートが開くと、




案の定、サイレンスの一人舞台。




俺にとってはこの時、




この馬の能力の




「ほんの一端」




を見せたに過ぎなかった。




それでも十分、




この馬のポテンシャルの高さを見せつける事が出来たのだった。




そして、ファンも関係者も誰もが思ったはずだ。




「今年のクラッシックは、この馬で決まりだな」




と。それ位、衝撃的なデビュー戦だった。




そして、俺もスタッフも、




この馬に携わる全ての人達が、




ここから本当の意味で、




この馬の難しさが分かり出すのでもあった。




そして、あの衝撃的な2戦目、弥生賞を迎えるのであった。




あの時、俺はまだ、




サイレンスの本当の意味での気持ちを分からないでいた。




繊細さが故の心の叫びを。




そして、その叫びを迎えたレースのゲートイン。




思ってもいない事態が起こってしまった。




あの優等生のサイレンスが、




突然ゲート内で暴れ出した。




そして、あの馬の柔らかさが災いしてか、




アッサリとゲートをくぐり抜けてしまった。




今でこそ話せる事なんやけど、




あの時俺は、足にかなりのダメージを追っていた。




普通なら完全に乗り替わりの状態やったんやけれど、




俺としては、絶対に他の人には乗られたくはなかった。




絶対に。




なんでかって?




そりゃあ、他の人にサイレンスを取られたくなかったから。




多分、あの馬に乗ったら絶対に惚れ込んでしまうと思っていたから。




だから、誰にも乗られたくなかった。




だからこそ、意地でもあのレースに乗ったのだった。




今だからこそ言えるのだが、




あの時、実は岡部さんが乗り替われる準備をしていた。




それを知った俺は、




(岡部さんがサイレンスに乗ったら絶対に惚れ込んで、取られてしまう)




って確信していた。




だから、何がなんでも自分で乗らなければ必ず後悔すると思い、




強行突破する様にレースに臨んだ。




しかし、その思いも虚しく、




最後にゲート入れをしたにも関わらず、




スタート前にも暴れ出し致命的な大出遅れをしてしまう事になった。




レースは当然最後方からになってしまったが、




勝負どころでは完全に前の馬を射程圏に捕らえていた。




これは、はっきり言って普通の馬には到底出来ない芸当だった。




この時負けはしたけど、




この馬の凄さを改めて認識させられたレースだった。




(あ~、やっぱりこの馬はとんでも無い化け物やな)



って思ったね、正直。




それと同時に、この馬の心の叫び




(あ~、この馬はスタッフを含め、俺達が思っている以上に本当に紙一重のところで自分の精神状態を保っているんだな)




とも感じた。これはどういう事かというと、




走る事に本当に素直で、ただひたむきに走る。




その為、能力やスピードが他の馬とは断然に違い過ぎる。




が故に、誰かがコントロールして気持ちを抑えてやらなければ、




暴走してしまう恐れがある。




もちろん「誰か」とは、




当然、騎手の俺やったんやけれども。




しかし、まだこの時は、




幸いなんとかコントロールが効いていた。




俺は、なんとかいい意味での遊びが欲しかった。




遊びを覚える事によってレースで我慢が出来る。




我慢が出来るという事は、馬の後ろでタメが効く。




そしたら、最後はタメた分弾ける事が出来る。




そういうレースを覚えさせたかった。




それが出来れば、本当に化け物と呼ばれる存在になって、




(数々の歴史を塗り替える事が出来たんじゃあなかったのでは)




と、今でも強く思う。




これは、あくまでも俺の意見やけどな。




そして、俺はこの馬の気持ちを敏感に感じながら、




そういう事を教えていこうと試みた。




そして3戦目、平場の2000m。




なるべく俺は、サイレンスの気持ちを尊重して走らせる事を考えた。




そしてまず、少しずつサイレンスの気持ちの中に俺の存在を見せる事で、




少しだけコントロール出来る様、




理解してもらえる様に試してみた。




そして、徐々に俺の存在をサイレンスの中で理解してもらう事で、




コントロールが出来る様にしていこうとした。




このレースも結果、馬なりで圧勝するのだが、




この時、俺のしようとしていた事が、




どこまでサイレンスに伝わっていたのかは、




ハッキリとは分からない。




でも、ほんの少しだけ分かってもらえた様な気がした。




そんな3戦目だった。




<続く>