ブログっていいよなぁとおもいつつなんか手が出ないままだったから、試しに誰にも公表せずに紀貫之的なノリで書いてみてる6月10日。今日は僕の芝居の通しがある。
無論大学などへは行かない。というか行けなくなってしまった。どうやら五月の公演から今の時期に至るまでが少しだけ去年と似ているような気がして、学校に行かない自分を客観視しても問題がないと思い始めた。
つまりじゃあ短歌とか創作に力を注げば良いわけで、とても楽しいよなとおもいつつ自分の文才のなさにほとほと呆れる毎日。自分の指から出る言葉が自分の容姿以上に醜く見えてきている。ヤバいですよこれは。
もともと言葉って言葉だから楽しいのに。そこにその言葉とは別の印象が乗れば見え方は変わる。それが怖くなったら表現するものとしては終わりなんだろうか?
前に進まなきゃと焦りながらも何もできないこの感じが少しだけ心地よかったりするけどあとで破滅が待ってるから早くこの生温い沼から這い出たいなぁ。
殺伐とした部屋にはいつかゼッテーアイドルになってやる!という落書きが見える。僕は消費されたかったらしい。というか今も消費されたい。それはハムとしてではなくてハムの成分表示として。みんなの目に触れてからゴミ箱へ行きたい。どうせゴミなら無添加!とか調整剤不使用!とか言ってみんなの目に優しくゴミになるよりも、「食べたら3日以内にヘソが増えます。鼠算式に」とかワニのエサ用に飼ってるウサギの人生について語ってから嫌な顔されて捨てられたい。
だからじゃあがんばればいいのか。とりあえずがんばるって言葉は逃げだけど好きだ。いや、逃げだから好きなんだ。
次の過去教えてください光から待ってるものが這いずり出てく 箱囲
