フリーター 坂本龍馬さんを学ぶ 其の四十四 | あかり姫と坂本龍馬伝説

フリーター 坂本龍馬さんを学ぶ 其の四十四

今日も勝塾では、佐藤がせわしく塾の建物建設と、勝の指示で神戸海軍操練所の創設の事務をこなしていた。

 

「佐藤さんは出来るのう。ワシにはとても無理じゃきに」

事務作業は佐藤が行い、龍馬は指示が出る度に手助けはしたものの、龍馬の仕事は、どちらかと言えば皆をまとめる仕事であった。そこには、退屈な事務作業に集中できず、役人になりきれない自分がいた。

 

「天皇様のために尽くすとは、役人になり切ることなのかのう・・・。」

四書五経の勉強を欠かさず、幕府や諸藩の実務に通じ、かといって天子様への忠義を忘れず、国の事務をたんたんとこなす佐藤への引け目を感じていた。

 

「ワシは武士じゃちゅうても、佐藤さんのようにはなれない」

いつしかそんな悩みを口にする仲間が増えました。

 

望月亀弥太が龍馬にこぼします。

「勤王とは、沢村や陸奥のように学業の成績が良く、佐藤さんのように実務を淡々とこなせるということであるとすれば、ワシなどはどうなるのかのう・・・」

望月は憮然とした表情で言いました。

 

「国のために尽くすとは、必ずしも日々の国の事務に長じることではないはずだ。武士にせよ農民にせよ、各人その長じるところを伸ばして活動してこそ、国もまた潤うではないか。メリケンを見れば、もはや牡蠣殻幕府の木端役人の叶うところではない。メリケンに対抗できるとすれば、わしらも蝦夷を開拓してこそ、国も豊かになるというものではないか。」

そんな龍馬の言葉に励まされる望月でありました。

 

そして蝦夷を実際に見て来たという北添佶磨の話は、龍馬たち勝塾生に勇気を与えました。龍馬は仲の良い浪人仲間たちを励ましつつ、北の大地を開拓する夢を膨らませたのです。

 

攘夷など不可能なことに命を懸けるよりも、蝦夷の開拓に挑戦する方が良いのではないかという龍馬の考えは、周囲の仲間の共感を呼んだ一方で、何か変な人たちだなあと感じる向きもありましたが、勝の受けも良く、支持を広げていきました。

 

龍馬と、同郷の望月亀弥太、実際に蝦夷に渡った北添佶磨、甥の高松太郎、そして陸奥陽之助たちが、酒を飲みながら、語り合いました。

「何でもメリケンでは、西部開拓で、金鉱を掘り当てて長者が出てきているらしい」

「掘り当てた男はラッキーストライクとか叫んだちゅう話じゃ」

「ストライクとは何ぞ!」

「金鉱を掘り当てたという意味と聞いた」

「それはすなわち、刀ではなく、鍬ではないか。」

「開拓団は、各自銃を懐に入れて身を守るそうじゃ。」

「メリケンで剣術は全く役に立たぬのか・・」

「剣では国を守るどころか、身を守ることも出来ぬやもしれん」

「日本の西部、それが蝦夷じゃ。」

「蝦夷には佐渡のように金山銀山があるやもしれん」

「ラッキーストライクじゃ、ワシが見つけよう」

「いや、ワシが見つけよう」

「その前に、剣を鍬に持ち替えねばならぬではないか。望月に出来るかのう?」

「・・・」

「ワシは武士としては半端者、農作業には慣れちょるきに、簡単じゃ、ガハハ、ほれ!ラッキーストライクじゃ!」

と北添は鍬を振るう真似をしました。

 

北国への夢を膨らませるの皆の瞳は、キラキラと輝いていました。

 

龍馬は、酩酊の度合いを深めながら、桂浜のエメラルドブルーに輝く海を思い出していました。

 

ーあの海の向こうには、西部開拓に夢を懸ける男たちがいる。黒船が日本を滅ぼすということはなく、攘夷、攘夷と命がけで戦うなどということも杞憂であった。佐藤さんのような寡黙に藩や幕府の仕事をこなす姿を見ておると、役人どもの堅苦しい仕事には向かぬ。自分は元々は商人であるから、商いをやって国を盛んにするのが良い。それは久坂たちの言うことと違わぬであろう。蝦夷地には、何が埋まっておるじゃろうのう。考えると身体がゾクゾクするのうー

龍馬は、仲間と共に鉱山を掘り当てて、船で商いをする姿を思い浮かべていました。

 

突然バンッと龍馬が立ち上がり、叫びます。

「蝦夷へ行こう!。そして、共に蝦夷を開拓せん!」

「坂本さん、ワシも行きます」

「皆で蝦夷に行こうぞ!」

「船は勝先生を通じて、幕府に出してもらえるようワシが交渉してみる!」

 

龍馬は着実に、自分の歩む道を見出し始めていました。それは、まだ見ぬ海の向こうのアメリカでもなく、堅苦しい武士の忠義を貫くことでもなく、自分自身を生かす道を進むことだったのです。