コミュ力の不足から人間関係の難易度にひいひい言う毎日で、追いやられるように職場を辞めて2ヶ月が経った。
夢だった北海道移住も叶った。結婚もした。転職もできた。
リッチではない。夫婦喧嘩もゼロではない。それでも少しづついい方へ向かっているつもりだった。
しかし、自分の中にくすぶっていた問題に気付かないフリをし続けた結果、
移住後に就いた職場を1年で辞めることになり、ようやく気付かされた。
その問題とは小さなプライドだった。
住む場所を変えても、職場を変えても、自分自身はそのまま付いてくるのだ。
北海道へ移住をしてからすぐに建設会社の総務事務の仕事に就いた。
尊敬できる課長から仕事を教わりながら、
最初の数カ月は少しずつ職場に馴染めている実感があった。
入社して半年ほど経った9月のある日。
課長から11月いっぱいで会社を辞めるつもりである旨を聞かされた。
急な報告になってしまったのは、転職先との就業開始日のすり合わせによるものということだった。
以前から常務とそりが合わないことをボヤくことはあったが、
水面下で転職活動までしていたとは社内の誰も察知できていなかった。
課長は、残り2ヶ月で全業務を僕に引継いで育成するのは正直間に合わない(自分で書いてて非常に情けない)ので、
管理職候補としてキャリアのある人材を1名採用する予定であることを聞かされた。
12月になり、課長が辞め、僕のいる部署は僕、パートの女性、新しく入社した管理職候補の女性(以下、バリキャリ)の3人になった。
パートの女性は経理職に専念しており、総務関連の職務は僕とバリキャリとで担うことになった。
情けないことに僕はブルっていた。僕には経験もなく、辞めていった課長からの引継ぎも足りていなかったからだ。
バリキャリも引継ぎが足りていないのは同じだったが、
持ち前の経験と高い能力で職務を吸収していきぐんぐん力をつけ、正直僕はかなり助けられていた。
しかし、自分より遅く入社した人間が僕より仕事ができるという事実を、心のどこかですんなり受け入れられずにいた。
僕は常務らとうまくコミュニケーションをとることができず、情報が不足していることから仕事が停滞することも多かった。
一方バリキャリはあっという間に常務と打ち解け、多くの仕事を任されていた。
年が明けて1月。僕はとうとう常務から無視されるようになった。
完全に信頼を失った。挨拶をしても無反応。
目も合わせてもらえず、新しい仕事も振られず、明らかに僕が辞めるのを待っているようだった。
僕は日常業務を黙々とこなしていった。
そして3月。その状況に耐えられなくなり僕は仕事を辞めた。
辞めた後でどこでこうなってしまったのかを考えてみた。
課長が辞めると分かった時点で、常務やバリキャリに教えを乞い、
積極的に連携をとっていくべきだったと今では思っている。
「そんなこともわからないのか」、「もっと出来る奴だと思っていた」といった言葉を浴びせられるのが怖くて、
徐々に相談をするというあたりまえのことが出来なくなっていった。
僕はいい歳なのに社会人として新卒社員並みに未熟だという事実を真正面から受け入れ、その上で仕事に向き合うべきだった。
本当につまらなくて小さなプライドを守るのに必死で勝手に身動きをやめてしまった。
この経験を糧に、なんとか次の仕事を探さなければならない。
札幌の積雪にすっかり参ってしまった妻は、雪の少ない街か故郷の群馬への移住を希望している。
僕は出来れば道内に住みたい。しかし先日癌を告知され、群馬に1人で暮らす妻のお義母さんのことも気がかりだ。
6月現在、僕はまだ先を見通せないでいる。
この先どうなるかはわからない。
ただ今度こそ、「わからないことをわからないと言える自分」でいたいと思う。