『RRR』
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
両作とも楽しく観終えることができました。
両作は共通点・相違点が鮮明に見えましたので、
今回は一緒に触れてみたいと思います。
⒈
RRR
インド独立運動モノ。
物語の幹はざっくり言えば、
主役二人のブロマンスです。
踊る大捜査線では組織改革は有耶無耶に終わりましたが、
RRRでは目的を果たし、すっきり終わりました。
⒉
エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
あの時、違う道を選んでいれば幸せになれたのに…
あの時、違う夫を選んでいれば幸せになれたのに…
並行世界体験を繰り返しながら、失望していた現状を最終的に肯定する物語。
と同時に家族愛やマイノリティの苦悩を描いた作品でした。
ギミックと思われた並行世界体験が最後に物語に効いてきて感嘆し
⒊
両作品の共通点:独創的な映像体験
令和のマトリックスと言っても過言ではないアイデア溢れる映像でした。
⑴
『RRR』は戦闘シーンが顕著です。
例えば、一般的には『主人公が殴られる→痛がる→逆転する』
痛がる場面が省略されているんです。
殴り飛ばされる際中に両足で相手の首をロックし投げ飛ばす、
地球の重力下ではあり得ない動きばかりで、まあ面白い。
タイムパフォーマンス時代ならではの表現でしょうか?
総じてテンポ良く、上映時間3時間が長く感じませんでした。
⑵
『エブエブ』はカオスな並行世界表現ですね。
指が魚肉ソーセージになった世界線では、恋人と触れ合うことができなかったり。
石として生き、静かに景色を眺め続ける世界線だったり。
諸悪の根源が巨大なベーグル風だったり。
⒋
両作品の最大の相違点:両極端な性別描写・人種描写
⑴
インド映画『RRR』は女性の描き方が前時代的で、
お淑やかで無力な存在として描かれています。
女性は男性を彩る綺麗な花でしかありませんでした。
また、英国人はまるで悪魔のように残忍に描かれています。
ただ、主人公の方も負けず劣らず残忍でしたが。
連れ去りに近い形で金で買われた従姉妹を助けるため、
英国人を100人以上抹殺したんじゃないでしょうか。
何の躊躇もなく殺していました。苦笑
⑵
米国映画『エブエブ』はポリコレ全開。
男性は主には取るに足らない存在や汚らわしい存在として描かれています。
世界の中心にいるのは女性ばかりで、男性は脇で邪魔者として居るイメージです。
また、主要登場人物僅か6名中、アジア系移民4名、LGBTQ+のLが2組。
アカデミー賞を総ナメにする資格十分でした。
ハリウッドは以前はマジョリティ側にもあるマイノリティ部分を描いてい
例えば難病だったり、故郷だったりですね。
今は現実離れした?マイノリティの重ねがけが主流のようです。
「ありとあらゆるマイノリティを主役級に据え、マジョリティは目立たせない」、
『ハリウッドが提示する多様性』はどうにも乱暴で、一様な価値観に見えます。
多様性って本質的には個性の尊重のような話だと思うのですが、
これでは大多数の観客に対して個性の強要になっていないでしょうか?
エブエブのテーマは米国のありふれた家族でも十分描ける内容で、
物語がポリコレに振り回されて無駄に複雑化しているように感じま
⑶
インド映画だけ見ると前時代の一様な価値観、
ハリウッド映画だけ見ると多様性という名の一様な価値観に見えま
ただ、両者を地球規模で見ると多様な価値観が共存しているとも言えたり
多様って難しいですね。
異国の文化や社会背景について私が無知な側面もあって、
日本に住む人間の尺度では測り切れない要素でもありますので、
今回も割り切って楽しむようにしました。
⑷
個人的にはもう少し自然な多様性も見てみたいです。
インドもアメリカも両極端に振れているなら、東アジアに期待しましょうか。
⒌
最終的に何が言いたいかといいますと、
エブエブは面白く吉本新喜劇化できそう、ということです。(
『西遊喜』や『道頓堀クラス』、『今、わたしたちの劇場は…』等を見ても、
吉本新喜劇はパロディと相性が良さそうで。
ミシェル・
早着替えで並行世界の様々な役を演じ、
潤えば潤うほど強くなる功夫・鼻脂拳で戦うあき恵さん、
キー・ホイ・クァン演じるおとなしい夫役は内場勝則さんで。
(実の夫・佐藤武志さんはあき恵さんにコテンパンにされる賑やかし警備員役で)
敵となる娘役は酒井藍ちゃん(藍さん)。
娘の恋人役はすち子さん。
『エブリ新喜劇・エブリウェあき恵・オール・アット・ワンス』、
あき恵さんの主催イベントでいかがでしょうか?