『盗人は、感情ゆたかで、義理人情にあつし』
[セット紹介]
花月旅館のロビー
⒈
屋外あり
塀を境に通路が二手(=客席側・舞台奥側)に分かれている
⒉
旅館ロビー
⑴
舞台下手寄り…旅館玄関 (引き戸)
中央奥…客室通路
上手奥…フロント
上手端…厨房・大浴場等へと続く通路
⑵
下手寄り奥…棚に日本酒や焼酎の一升瓶が数本置かれている
中央…低めのテーブルと椅子
中央奥通路前・下手側…棚上に茶色の壺が置かれている
[開演直前]
「演出の都合、誘導灯を消灯」とのアナウンスあり。
[物語]
(敬称略)
⒈
⑴
舞台は花月旅館。
青年の玉置(玉置洋行)が一人で泊まりにやってくる。
玉置「着いた着いたー!」
玉置「ここが花月旅館か。TVで紹介されていた通り、」
玉置がロビーを見回し、
玉置「誰もいてへんな…」
玉置「すみません、すみませーん!」
⑵
女性『はーい』
上手端通路奥から女性の声がし、女将の友見(吉岡友見)
友見「お客様、いらっしゃいませ」
玉置「予約していた玉置です」
友見「玉置様。どうぞ、お掛けください」
玉置が椅子に座り、宿泊台帳に記帳して友見に返す。
友見「珍しいです。
玉置「温泉マニアなんです。TVで紹介されているのを観て、
友見「観てくださったんですか?」
玉置「はい」
玉置「女将さん、TVで観るより綺麗ですね」
友見「そんな綺麗やなんて、イヤやわぁ〜!」
と、宿泊台帳で玉置の頭を叩く。
玉置「痛ーっ! 何するんですか!?」
友見「綺麗って言われたから、嬉しくて、つい〜」
友見「めったに言われないから」
⑶
玉置「それはそうと、旦那さんが数年前に亡くなったとか」
玉置「一人で切り盛りするのは大変でしょう?」
友見「最初は大変でしたけど、今はもう慣れました」
TV放送では旅館にまつわるストーリーも伝えられた様子。
玉置が友見に一歩近づき、異性にアピールするような口調で、
玉置「男手が必要な時、寂しい時、遠慮なく僕を頼ってください」
友見「……、は?
」
玉置「冗談です」
玉置は異性としては見られなかったようだ。
という以上に、アピールするまでの段階を飛ばし過ぎたかもしれない。
⑷
友見「部屋にお荷物をお持ちします」
玉置「僕、一人でできます。女将さん一人で忙しいやろうから」
玉置が中央奥通路手前・上手側に立ち、仲居役になり中央奥通路を見て、
玉置「こちらから行けますので」
玉置が位置を変え客に戻り、先程自分が仲居役として立っていた場所に対し、
玉置「ありがとう」
友見「『一人でできる』って旅館の人間まで!?」
玉置は構わず部屋に向かった。
友見「あの、お客様!?」
友見は玉置のことが心配になり、結局、玉置の後を追いかけていった。
ロビーには誰もいなくなる。
⒉
⑴
黒ボストンバッグを持ったチェック柄シャツの青年・裕(吉田裕)
店先から外観やロビーを確認し、
吉田「ここか…」
吉田「怪しまれへんように行くぞ」
と背後を見るが誰もいない。
裕は下手袖方向に人物を確認し、呼び掛ける。
吉田「何してんねん! はよ来い、敦史!」
⑵
チェック柄シャツの青年・敦史(奥重敦史)
奥重「はぁ、はぁ…」
吉田「遅れんな!」
奥重「アニキの足が速すぎるんですよ!」
奥重「アニキは有名な父譲りの速い足があるから」
吉田「有名な父?、誰と間違えてる?」
奥重「マキバオーでしょ?」
吉田「人間や!」
奥重「人間!?」
吉田「ほな、俺、何やねん!」
奥重「ケンタウロス」
吉田「なんでや!」
奥重「顔が馬で、身体が人間」
吉田「全部人間や!(苦笑)」
⑶
吉田「怪しまれへんように行くぞ」
チェック柄シャツの二人が入館する。
吉田「すいませーん!」
友見は玉置の接客に向かったばかりで、呼び掛けても誰も現れない。
吉田「誰もいてないな…」
中央奥通路前・下手側の棚上に置かれた茶色の壺が敦史の目に入る。
敦史が大声で、
奥重「アニキ、ありました! TVで言ってた壺!」
吉田「声がでかい!」
茶色の古びた壺のサイズは縦40cm×最大直径20cm程度。
吉田「本物か確かめよう」
敦史が壺を持ち、
口元を突き出す変顔をしながら、虫眼鏡で壺をチェックする、裕。
敦史「こうやって(=口元を突き出して)虫眼鏡見る人、初めて見た」
と、口元を突き出す変顔を真似る。
吉田「真剣に見てるんや」
裕が更に過剰な変顔をして、虫眼鏡で壺をチェックする。
すると敦史が、おふざけが過ぎる裕の頭を真上から叩き下ろす。
吉田「痛っ!(苦笑)」
吉田が斜めに叩いて力を逃すふりをしながら、
吉田「頭叩く時はこう行け!(半笑)」
吉田「上からは衝撃が凄い。(半笑)」
敦史はなぜか裕の頭を上から軽くポンポンと触る。
吉田「どういう意味や!(半笑)」
「よしよし、良く頑張った」の意味だろうか?
⑷
裕が確認を終える。
吉田「間違いない。本物の西郷の壺や」
吉田「偽物と交換しよう」
奥重「…」
吉田「どないした?」
奥重「アニキ、ほんまにいいんですか? 盗んだら犯罪者になりますよ?」
吉田「返すはずの300万、知り合いに持ち逃げされた」
吉田「明日までに払われへんかったら、俺らの身が危ない」
吉田「やらなしゃあない」
奥重「…、分かりました!」
敦史が覚悟を決める。
吉田「大丈夫や! そっくりで気付かへんから安心せえ」
・TV放送で壺を見て、旅館にやってきたこと
・裕に鑑定能力や模造品を入手する術があること
・危ないところからお金を借りていること
・知り合いに裏切られ、返済予定の300万円を持ち逃げされたこと
・西郷の壺に300万程度の価値があること
・裕と敦史が根っからの悪人ではないこと
等、様々なことが分かる。
説明セリフを極力回避しつつ、
短い時間で観客に多くの情報を伝える、上手い場面。
⑸
裕と敦史が西郷の壺と模造品を入れ替えようと中央奥通路前横の棚に
すると通路から女将の友見が現れる。
友見「忙しい」
裕と敦史が慌てて壺から離れ、敦史が低い声で歌い出す。
奥重「♪走れー 走れー マキバオー」
敦史の歌に合わせ、裕がロビーをくるくると早足で回ってごまかす。
本来なら「♪追いつけ 追いこせ 引っこ抜けー」のところ、
敦史は「♪追いつけ~」のメロディに歌詞だけ変えて乗せ、
奥重「♪走れー 走れー マキバオー」
吉田「歌詞、知らんやろ!(苦笑)」
吉田「ほんで声が低いからテンション上がらん。(半笑)」
⑹
様子を見ていた友見が裕と敦史に対し、
友見「あなたたち、何してるの?」
吉田「いや、その…」
友見「怪しい」
吉田「あの、あまりにも良い旅館だったんで、気持ちが高揚して」
吉田「予約していた吉田です」
友見「あっ、すみません、吉田様」
友見「ご予約、承っております」
友見「今日は暑いですね」
友見「TVを観て来られたんですか?」
吉田「はい」
奥重「、壺を盗もうと」
吉田「うぇあーい!」
裕が慌てて敦史の言葉を掻き消す。
友見「…?」
吉田「TVを観ていて、『ええ旅館やな』と僕のツボに入ったんです」
友見「ああ、そのツボですか。てっきり、あの壺のことかと」
裕たちはなんとかこの場をごまかすことができた。
⑺
友見が壺の話をしたため、裕が自然に話を合わせる。
吉田「これがTVで紹介されていた壺ですか」
友見「亡くなった主人が知人から譲り受けたものなんです」
友見「何の変哲もない壺なんで、安物だと思うんですけど」
友見「ただ、主人が見守ってくれているようで…」
友見は壺の金銭的価値は知らないものの、
お金では測ることのできない特別な価値を感じている様子。
吉田「趣のある壺ですね」
友見「古くさいです。(謙遜)」
吉田「良かったら、1万円で譲っていただけませんか?」
友見「すみません、主人の思い出が詰まっているもので…」
友見「主人が見守ってくれているように感じるんです」
吉田「野暮な質問をしてしまいました」
裕が謝る。
その3に続く