(第三景)
⒒
⑴
舞台下手端で、旅館支配人・千葉と番頭・瀧見が話している。
瀧見「スチオ君を部屋から連れ出す作戦、お見事でした」
千葉「いえ、みんなの力です」
千葉「スチオ君も旅館の仕事をしてくれるって」
⑵
そこに、スチオと従業員の多和田・美優がフロント奥から現れる。
スチオが多和田と美優に仕事の指示を出す。
スチ「多和田君は館内の見回りを、美優ちゃんは大浴場の準備をお願いします」
多和・美優「はい」
スチ「私は経営状態をチェックし、余剰財源が無いか検討します」
スチ「後、一つだけ。笑顔を忘れないで」
昨日まで引き篭っていたとは思えない、まるで敏腕経営者のようなスチオ。
三人が通路から仕事に向かった。
千葉「完璧じゃないですか!」
瀧見「館内中に監視カメラを設置して、ずっとチェックしていたそうで」
千葉「旅館のこと、考えてくれていたんですね」
千葉「我々も仕事に戻りましょうか」
千葉と瀧見が上手端奥通路に消えた。
⒓
⑴
誰も居ない、旅館ロビー。
幸恵の兄ケイイチ(大黒ケイイチ)と彼女ゆう(小林ゆう)が現れる。
二人はヒッピー風の衣装をしていて、おバカなパーティーピープルに見える。
ゆう・ケイ「アハハハ!」
ケイイチは手にしているラジカセをテーブルに置く。
ケイ「3年ぶりや」
ケイ「汚いとこやけどな」
ゆう「そんなことない。う(ん)ちんくに比べたらマシよ」
ケイ「クソ田舎や」
ゆう「そんなことない。う(ん)ちんくに比べたらマシよ」
ケイ「さっきからウンチ言ってない!?」
ゆう「えっ?、何?」
ケイ「俺の気のせいか…」
ケイ「せやけど、パッとせんとこや」
ゆう「そんなことない。ウンチんくに比べたら、」
ケイ「言うてるやん!」
⑵
ゆうは喋る間に奇妙な動きも入れていて、
ケイ「ゆうちゃん、動きがおかしい」
ゆう「ごめん、私、言葉を頑張ったら顔がおかしくなって、」
ゆう「顔を頑張ったら、身体がおかしくなる」
ケイ「どういうこと!?」
ケイ「とにかく、ゆうちゃん、パニックにならんとって」
ケイ「でも、そういうところも含めて好きや」
ゆう「もう、ケイイチ君ったら」
と、照れながらケイイチの肩を優しく突きイチャつく。
ケイ「ゆうちゃん」
ケイイチも照れながら、ゆうの肩を優しく突く。
すると、ゆうが身体を大きく反り、床に手をつける。
ケイ「エクソシストになってる!」
ケイ「ゆうちゃん、元に戻って!」
ゆうが身体を起こすと、ケイイチが興奮し、
ケイ「こんなクレイジーな女、初めてや!」
ケイ「もう我慢できへん!」
ケイイチが辺りを見回してから、ゆうに対し、
ケイ「誰も見てへんから、ええやろ!?」
二人が中央テーブル付近まで歩み寄り、身を寄せる。
濃厚なキスかもっと激しいことをするのかと思いきや、
ラジカセの再生ボタンを押し、二人が客席の方を向きパラパラを踊り始める。
⑶
ケイイチとゆうがパラパラを踊っていると、
騒がしい音を聞き付けた千葉が上手端通路から現れる。
千葉「…?」
千葉はゆっくり中央テーブルに向かい、ラジカセを止める。
千葉「ロビーでのパラパラはおやめください」
ケイ「ちょっと!、何で止めたんや!」
千葉「支配人ですので」
ゆう「支配人って…!、ケイイチ君が旅館で一番偉い人よね?」
ケイ「そうや」
ケイ「心配すんや。旅館は俺のもんや」
ゆう「なら、こんな旅館ちゃっちゃと売って、お金を作って、」
ゆう「そしたら…」
と、ゆうが客席方向を見て、一回だけ横にボディウェーブし、
ゆう「、踊らなーい!?」
すると、ケイイチがラジカセのスイッチを押し、二人でパラパラを踊り出す。
千葉が即、ラジカセを止める。
ケイ「止めんな!」
千葉「迷惑です」
⑷
千葉がゆうのヒッピー風の衣装を見て、
千葉「北斗の拳の牙一族みたいですね」
ゆうがワンテンポ遅れて、
ゆう「なっ、なによ!」
ケイイチが千葉に対し、
ケイ「(若いゆうちゃんは牙一族を)知らんから、乗り切れんねん!(苦笑)」
⑸
千葉がケイイチに尋ねる。
千葉「旅館を売るって、どういうことですか?」
ケイ「あんたには関係無い。幸恵を呼んでくれ」
千葉はケイイチの要求には応じず、
千葉「300万、借金しているそうですね」
ケイ「何で知ってんねん!?」
千葉「借金取りが旅館に来ましたよ」
ケイ「こんなところまで…」
千葉「それで、旅館を売ろうとしているんですか?」
ケイ「そうや」
千葉「先代や幸恵さんが大事にしてきた旅館、そんなことはさせません」
千葉「ケイイチさん、あなたも家族の一員でしょ?」
ケイ「あんな奴ら、家族やないわ」
話を聞いていたゆうが
ゆう「何?、えっ?、旅館は売れないってこと?」
ゆう「そしたら…」
と、ゆうが客席方向を見て、一回だけ横にボディウェーブし、
ゆう「、踊らなーい!?」
ケイイチがラジカセのスイッチを押すが、
二人が踊り出す前に千葉がラジカセを止める。
ゆう「あーっ!」
踊れずに苛立つ、ゆう。
⑹
ここから、少しばかり物語から脱線。
千葉「パラパラの前に一瞬(直立して)止まってますよね?」
千葉「リズムを取ったらいいのに」
ケイ「合わせてんねん!(苦笑)」
千葉「だったら、リズムを取って合わせたらいいのに」
千葉「一回やってみてくれる?」
千葉がラジカセを押し、音楽を掛ける。
千葉の指摘通り、ケイイチとゆうは一瞬静止してからパラパラを踊り始める。
千葉が即座にラジカセを止め、
千葉「ロビーで踊るな!」
ケイ「踊らせるな!(苦笑)」
⒔
⑴
旅館を売却して借金返済に充てる目論見で、3年ぶりに旅館に戻ってきた、ケイイチ。
ロビーの騒ぎを聞き付け、幸恵・瀧見・多和田・美優が上手端通路から現れる。
幸恵「お兄ちゃん!」
ケイ「借金の300万、なんとかしてもらおうと帰ってきたわ」
美優「酷いわね!」
多和「酷いハゲ、必死で隠してる!」
ケイ「うるさい!、隠してないわ!(苦笑)」
と言いながら前髪をかき上げ、観客に額をアピールする、ケイイチ。
⑵
そこに、吉本金融の伊丹・烏川・珠代がやってくる。
伊丹「ケイイチ、借りた金返さんかい!」
ケイ「すぐに返しますよ、旅館を売った金で」
幸恵「何、勝手なことを言っているの!」
ケイ「幸恵。女将の仕事、上手いこといってないんやろ?」
ケイ「旅館を手放したら気楽になれるぞ?」
ケイ「家族の縁も切れて、お前もありがたいやろ」
幸恵「本気で言っているの!?」
千葉がケイイチに対し、冷静な口調で、
千葉「ケイイチさん。この花月旅館はもう鮫島家のものではないんですよ」
ケイ「どういうことや?」
幸恵「花月旅館は東京のロイヤルリゾートさんの傘下に入ったの」
ケイ「何でそんなことすんねん!」
幸恵「お兄ちゃんが出ていったのが悪いのよ!」
話を傍で聞いていた伊丹がケイイチに対し、
伊丹「どうでもええから、早よ金返せ」
ケイ「無理です…」
伊丹「なめとんな なら、事務所に連れていくしかないようやな」
伊丹「おいっ!」
ケイイチを事務所に連行するよう烏川・珠代に合図したつもりが、
多和・美優「へいっ!」
なぜか多和田と美優が返事し、ケイイチを連行しようとする。
伊丹が烏川と珠代に対し、
伊丹「お前らや!」
烏川・珠代「あっ…!」
烏川と珠代がケイイチを連行しようとする。
⑶
その時、中央奥通路から、ケイイチと幸恵の弟・スチオの声がする。
スチ『待ちなー!』
スチオが眼鏡を下にずらし、分厚い封筒を持ち現れる。
千葉「眼鏡の掛け方が伊佐坂さん!」
スチオが伊丹に対し、
スチ「300万なら弟の俺が払う」
スチオが伊丹に封筒を渡し、伊丹が中身を確認する。
伊丹「確かに」
千葉「そんな金、どこに…」
幸恵「スチオ、ずっと部屋に居たんじゃ…?」
スチ「カリスマ的引き籠りになり、オンライン引き篭りサロンを開設した」
スチ「引き篭りワールドが充実する新プランを次々と提案し、巨額の富を得た」
スチ「引き篭りってのは辛いこと、悲しいことだけじゃない。嬉しいこともある」
スチ「まさに悲喜交々ってやつです」
最後にダジャレを入れる、スチオ。
振り返ると、若手とベテランが役割を入れ替える逆転新喜劇のコンセプトに反し、
中盤以降、スチオが物語でも笑いでも主役級を担っているように思える。
⑷
伊丹がケイイチに対し、
伊丹「ええ兄弟を持ったな」
伊丹が烏川と珠代に対し、
伊丹「おい、お前ら、」
伊丹が誰かのモノマネで、
伊丹「行くぞ!」
伊丹が去っていった。
全員「…?」
皆、誰のモノマネか分からず、呆気に取られる。
烏川が下手袖に消えた伊丹を指差すような素振りで演者全員に対し、
烏川「(アニキなりに)頑張ってるんです。(苦笑)」
烏川が去っていった。
珠代が全員に対し、武田鉄矢のモノマネで、
珠代「この、バカチンがぁ~!」
と捨て台詞を吐き、去っていった。
その9に続く