こんにちは。「勢い」でどんどん進めてしまいますね。
 今回は、前回の記事で書ききれなかったことと、法科大学院生が選びうる選択肢について書きたいと思います。


 前回の記事では、「可能性はあるんだから、まずは挑戦してみましょう!」という論調で書きました。これは私の本心です。
 ただ、実際に公務員試験について質問されて何度かやり取りをした中で、「でも、それって結局あなたが優秀だった、というだけの話であって、実際は司法試験との併願はとても難しいことなんじゃないですか?」という趣旨の返答をいただいたことが何度かありました。
 ですので、これだけは断言しておきます。私は決して優秀な人間ではありません。優秀な人間なら、一年目で司法試験に合格しているでしょう。卒業一年目で、司法試験と国家公務員採用総合職試験の両方に合格した人もいます。本当に優秀な人なら、それくらいの成果は出せるはずです。
 それに比べて私は、一度目のみならず、二度目の司法試験受験も失敗してしまいました。法科大学院入試でも、適性試験が易化して満点が続出する中、平均点ギリギリという微妙な点数を取ってしまいました。そして、既修者コースの試験ではほとんどの学校から「不合格」を言い渡されてしまいました。素晴らしい成果なんて何一つ残せていないわけです。こんな人間が優秀であるはずがありません。
 「じゃあ、国家公務員採用総合職試験に合格して国家公務員になる連中なんて大したことない奴らばかりなのか」と言うと、そういうわけでもありません。もちろん、中には「こういう人を天才と言うんだろうな」と思わせる圧倒的な才能をお持ちの方もいらっしゃいますが、大半は「平均的な能力」の人たちです。
 ただ、採用された方について例外なく言えることは、「努力の量」は段違いということです。私も、官庁訪問期間中は必死で努力しました(後がない状況でしたから…)。
 要するに、優秀でなくても努力次第でなんとかなるわけです。なんだか「ありがち」な話に聞こえるかもしれませんが、実際そうなのだから仕方ないです。
 なので、「どうせ優秀な人ばかりが採用されるんでしょ」と尻込みする必要はありません。努力さえ怠らなければ、十分に可能性はあります。
 そして、法科大学院を卒業された方は、基本的に人並み外れた「努力家」だと私は思います。
 適性試験を受けて、TOEICやTOEFLのスコアを提出して、ステートメントを書いて、入試を受けて、在学中も大量に論文の答案を書かされて、学校の単位を気にしながら司法試験に向けた勉強もして…。努力家でなければ、こんな「めんどくさい」ことは絶対にやりません。司法試験の合格や、合格後の就職が約束されているわけではなく、将来も明るいという確証なんてないのに、こんなことをする人たちがなぜ「努力家」でないといえるでしょうか。
 きっと、どなたもしっかりと努力をできる人のはずです。ですから、怖気づかないでください。そんなことで怖気づいて、「国家公務員」という選択肢を自分で消し去ってしまうのはもったいないです。
 国家公務員採用総合職試験は、ちゃんと努力をすれば報われる可能性が十分にあること、法科大学院修了生は基本的に努力家であること、これを忘れないでください。
 ただ、闇雲に努力をしても、思うように成果は出ません。だからこそ、実際に受験した人間の経験談を参考にして、「効率的に」努力することを心がけて下さい。私の経験が参考になるのであれば、協力は惜しみません。どうかこのブログを最大限活用なさって下さい。


 次に、法科大学院生がとりうる選択肢についてお話しします。
 まず、このブログは法科大学院を卒業して、司法試験を受けたor受けようとしているものの、司法試験という道に疑問を抱いたり、限界を感じたりしている方を主なターゲットにしております。その前提で、以下をお読みください。
 法科大学院は、法曹になりたいと考える人が進学する学校ですので、「法科大学院に進学した以上は、司法試験を受けよう」と考えるのは当然だと思います。そして、法曹という仕事はきっとやりがいのあるものでしょうから、合格できるだけの実力があるなら、法曹という仕事に対する強い思いがあるなら、ぜひとも法曹になるべきだと思います。
 ですが、ご存知の通り、司法試験は誰でも合格できる試験ではなく、その上、回数制限という厳しい縛りまであり、否応なく法曹になるという夢をつぶされてしまう可能性があります。また、肉体的にも精神的にもしんどい試験ですから、よっぽど高い志や強い情熱を持っていない限り、「なぜ自分はこんな試験を受けているのだろう」と、疑問や限界を感じてしまうこともあるでしょう。
 そんな局面に立たされたときに、「法科大学院に進んだのだから、法曹を志すべきだ」という考えに縛られていると、きっと苦しい思いをするでしょう。法曹を志すべきなのに、法曹になるための道のりが厳しく険しいものだと感じたとき、「どうすればいいのか」と途方に暮れてしまうかもしれません。
 そうならないためにも、まずは「法科大学院に進学したのだから、法曹を志すべきだ」という固定観念を捨てて下さい。「法曹になることを諦める」のではなく、「法科大学院修了生には、法曹以外の道だってある」と考えてほしい、ということです。
 国家のルール作りに携わる国家公務員だけでなく、地方公共団体の政策に携わる地方公務員、裁判所行政を支え、一部の重要な権限行使も認められている裁判所事務官・裁判所書記官、民間での法適用の一部を担う企業の法務部…法科大学院で身に付けてきた法的知識や素養を活かすことのできる道はいっぱいあるわけです。そして、どれも社会に大きな貢献ができる仕事で、法曹とは違った「やりがい」があるはずです。
 私は、二度目の司法試験受験の際には民間企業の法務部への就職を経験して内定をいただきましたし、今年は国家公務員採用総合職試験を経て省庁の内定をいただきましたが、どちらの領域でも「法科大学院で法律を学んできた人材」に対する需要はありました。
 もちろん、需要が爆発的に増えているというわけではなく、法科大学院修了生の人数を考えれば「狭き門」でありますが、「世間が法科大学院修了生という人材を必要としている」というのは嘘ではなく、「公務員や法務部になるという選択肢だってある」というのは、決して「机上の空論」ではないわけです。
 そういった「可能性」は数多くあるのに、最初から「法曹を志すべきだ」と考えて、自ら選択肢を狭めてしまうのは勿体ないですし、自分を不必要に追い詰めるだけです。
 「視野を広く持つ」ことはとても大事です。司法試験で行き詰った場合にパニックにならないという意味もありますし、法曹以外の道を知ることで自分に「より適した」進路が見つかる可能性もあります。不幸にして司法試験がうまくいかなかった場合や、法曹という進路に疑問や限界を感じたときに備えるためにも、「他の選択肢」は用意しておいた方が良いはずです。
 また、法曹という道に進むという強い意志がある場合でも、他の道を知ることで「やっぱり、他の進路じゃなくて法曹になりたい!」という意志をさらに固め、モチベーションが高まる可能性もあります。
 退路を断つことで、司法試験に対して必死に取り組めるようにするというのも一理あるかもしれません。ですが、人生がかかっている局面で、本当に「あらゆる退路」を断ち切ってしまうのは、危険ではないかと私は思います。合格する確証などない試験ですし、どんなに優秀な人であっても、当日の体調や周りの環境次第で失敗してしまう危険性があることを考えればなおさらです。
 私としては、自分を追い込むばかりが努力ではないと思います。むしろ、最終的に良い結果を残せている人は、どこかしら「余裕」がある人だと思います。「他の選択肢」を作って、「万が一、この試験がダメだったとしても自分には他の道がある。肩の力を抜いて頑張ろう」くらいの「余裕」を持てたら、司法試験だってうまくいくのではないでしょうか。
 要するに、どういう局面であれ、「多くの選択肢を視野に入れること」はプラスになるはずなのです。
 むしろ、「自分から選択肢を狭めること」には何のメリットもないはずです。「他の進路は考えない。まずは、脇目も振らず司法試験だけを考える」というのは、一見すると正論のようですが、他の選択肢に目を向けることは、決して「よそ見」などではありません。
 むしろ、他の選択肢に目を向けたくらいで法曹に対する意欲が揺らぐ、あるいは削がれるようであれば、その「意欲」は十分に詰め切れていない「あやふや」なものと言えるでしょう。そういう人は、長丁場の試験勉強の中で挫折してしまう危険性がありますし、合格しても事務所訪問で苦しい思いをするはずです。そういう人こそ、「なぜ法曹でないとダメなのか」をしっかりと詰めて考えるためにも、敢えて「他の選択肢」に目を向けてみることは有益なのではないでしょうか。

 「法科大学院に進んだ以上は、法曹になるべき」という強迫観念が捨てきれない人の中には、司法試験以外の道に進むことが「敗走」だと感じている方もいらっしゃるかもしれません。実を言うと、かつての私もそう感じていた節がありました。
 ですが、もしそのようにお考えであれば、その考え方は改めた方が良いです。はっきり言って、それは「つまらない自尊心」です。そんなプライドに固執したところで何も得るものはないばかりか、様々な「機会」を失うだけです。
 そもそも、司法試験受験や人生設計は自尊心で決めるものではないはずです。法科大学院で学んだ知識が生かせる「他の領域」に進めるという可能性を放棄してまで守らなければいけないほど、その「自尊心」が大事なものなのか、今一度考えてみて下さい。
 せっかく法科大学院で法律の知識を身に付けたのですから、法曹でないにしても「学んだ知識を活かすことができる」環境に入ることはきっととても幸せなことでしょうし、社会的に見ても、決して「敗走」などではなく立派に映るはずです。
 上でも述べた通り、法科大学院を修了した人を求めているのは法曹界ばかりではありません。公務員や企業法務部も少なからず必要としてくれているのです。その社会的な需要に応えることは、何ら「敗走」ではないはずです。


 随分、精神論のようなものになってしまいましたが、私自身が行き詰って悩んでいたときに陥っていたマイナス思考と同じ状況に陥って苦労される方が少しでも減ってほしいと考え、自分の経験を振り返りつつ書いてみました。


 次回から、試験の内容や対策について、より具体的な話を書いていこうと思います。