13日 PM4時30分・・・・
ようやく、華子さんのお店に到着しました。。
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最初に出迎えて頂いたのは華子さんのご主人でした。。
その時の様子は コチラ を御覧ください。。
特別な言葉なんて要りませんでした。。
初めて顔を合わすのに、何故かご主人とも初めて会ったような、気はしませんでした。。
ほんと、感謝の言葉をどれだけ、云っていただけたんでしょう。。
お店でご主人とお話をしていて、15分程、経ったころでしょうか・・・・・
遂に・・・・・・・・
遂に・・・・・・・・
華子さんが・・・・
華子さんが・・・・
初対面です・・・・・・・
緊張と、云うか、いざ、その場面になると・・・・・・
後は、ほんとに、ご想像にお任せします。。
なんにも、してませんよ、、ほんまに、せやけど、こんなにご夫婦揃って歓迎し喜んでもらえるなんて・・・
大阪を出る際、想像すらしていませんでした。。
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その後、ご主人のご好意に甘え、mugチャン家に、車で送って頂きました。。
彼女の家の前に着く5分ほど前に、、ようやく、(仙台駅東口) の画像を、ブログを見てくれたようで、
「本当に、仙台に来てんの??」 って、メールが送られて来ました。。
これに対しての返信は、彼女の家の前から送りました・・・・「ハイハ~イ、着きました 家の前に (爆) 」
って、送りましたわ(^O^)/
そしたら、マジで・・・みたいな、文章で表現するの難しいですけど、あんなに、慌ててお家の窓を瞬発的に
開ける人を、今まで見たことが有りません、、あんなに、コチラを見て目が点になってる人を40数年
生きてきましたが見た事が有りません。。( ̄□ ̄;)!!
思わず、初めて顔を合わすのに、彼女の自宅の前で爆笑してしまいました・・・(^-^)/
あん時のmugちゃんの顔、、多分一生、オイラ忘れられないような気がします(^-^)/
その時のことは、コチラ のブログを御覧になってください。。
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ご主人のご好意で再び、華子さんのお店に戻ってきました。。 彼女の生徒さんで主婦の方ですが
小さな、お子さんを連れられていました。。
華子さんがオイラの事を紹介すると、信じられない様子で、涙ぐまれるんです。。驚きました
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仙台市泉区の状態は、私が想像していたよりも、活発でした。。ですが、よくよく見ると地震の爪あとが
あちらこちらで見受けられます。。お店の看板が落ち、ショーケースのガラスが粉々に割れ、
まだ、営業できない所・・・道路は地震の影響で段差が激しかったり、mugちゃんの家の前でも
水道管が破裂したらしく、アスファルトが修理された痕がありました。。
華子さんのお店も、一見、云われなければ普通に見えるのですが、、
トイレ部分に回ると・・・・・・
マンションの大きな柱は大丈夫なので、営業できますが、、トイレの壁が・・・
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取り合えず、仙台に行こうと決めた13日深夜、ボストンバッグに詰込んだのは寝袋でしたが、
この日、初めて会ったばかりの私を華子さんご夫妻は御自宅に招いて下さいました
仙台に来てお風呂に入れるなんて・・・想定外でした
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ご主人の話で印象に残っているのが・・・「地震にも随分なれました、、震度2とか3なんて、もうなんとも
ないです。。ですが、プロ野球が始まって試合途中に各地の試合経過を知らせる、ピコンピコンて云う
チャイムが鳴るとドキッとするんです」 と、仰っていました。。
地震が無いときは平常でも、いつも、何処かで緊張されてるんですよね
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14日の明け方5時ごろ続けて地震がありました
私の携帯はauなんですが、朝の7時ごろに、耳慣れない「ブイ-ン、ブイ-ン・・・・」 と鳴り出しました
震度4以上の場合、感知して予告で鳴るんですね
初めて聞きました。。
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翌日、ご夫妻のご好意で仙台駅の近くの朝市の食堂に連れて行ってもらいました。。
ちょうど、コチラのお店も私が仙台に訪れた日の4月13日から営業を再開されたそうです。。
モーニングです・・お店を切り盛りしているおばさんが二人おられたのですが、昨日の楽天の試合で
山崎のホームランで勝った話をされていました。。それに、華子さん御夫婦も加わって・・・・
楽天が勝てば、東北は盛り上がるなあと、身近で感じました。。
そうこうしてるうちに、大阪から来てくれたんですと紹介され・・・・おばさんたちも、よくぞ、来てくださったって
何度も礼を云われました
写真は携帯から撮ったもので上手に撮れていませんが、お魚は新鮮で美味しかったです!!!
本当にごちそう様でした(^-^)/
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食事をおえると、もう一度、お店の準備で華子さんのお店へ~~
どうしても、紹介したいと、どうしても、イケメン店長の顔を見ていってと・・・・
近くに有るパワーストーンのお店に連れていってもらいました。。
こちらのイケメン店長は、北海道旭川市の出身の方で、地震後、戻られていたようです
もう一度頑張ろうと戻られたのが4月7日・・・そうです、あの大きな余震のあった時です・・・
この、店長も気持が折れそうな状態が続いたようです
華子さんから紹介されると、ビックリして驚いてられました。。
パワーストーンを作らせて欲しいと・・・私にプレゼントしたいと・・・・
大阪から来て、「たかり・・・」に来た訳では御座いませんので、・・・・それはアカンと・・・絶対にアカンと・・・
云うのですが・・・・・納得しないのが、イケメン店長です。。
うちの女房の生年月日を上手に聞きだし・・・・女房の分だけでも、私からプレゼントさせて下さいと・・・・
Stone Brace
のイケメン店長・・・・・・・その節はお世話になりました~~元気ですか???
夫婦仲良く、つけさせてもらってますよ~~(^-^)/
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飛行機の飛び立つ時刻は午後2時です・・・
ここでも又、ご主人が空港まで送りますと・・・・何度、丁重にお断りしても、聞き入れてもらえません。。
しかし、ご主人にも理由が有りました。。それは、大地震の後、津波に遭われた地域をテレビでの
映像は見るものの、実際にご自分の目で目にされていなかったからです。。それには理由があるんです
甚大な被害に遭われた沿岸部・・・・・現在でも、自衛隊の方々、警察関係の方々の交通の妨げに
なってはいけないと云う思いから、ガソリンが普及されてからも、あえて、行かれなかったそうです。。
今回、大阪から、こうして来てくれた、そんな私を送るため、大義名分、送らせてくだいと云われました。。
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結局、お言葉に甘え、高速道路を利用し、仙台空港へと車は向かいました
高速道路も所どころで、地震の影響で道路は波打っています。。
沿岸部にさしかかると、仙台空港に初めて着いた時と同じ景色が数キロに渡って続きます。。
海から5キロくらいでしょうか・・・地震、津波の恐ろしさをまざまざと、感じさせられます。。
この景色が、沿岸部、岩手県、宮城県、福島県、茨城県・・・・・・と、ずっと続くのかと思うと・・・
ここで、たくさんの方々がお亡くなりになったんだと思うと言葉も出ません。。
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華子さんのご主人も、テレビの映像では見ていたものの、実際に目にすると・・・・・・
俺たち二人、会話すら、ままなりませんでした。。
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仙台空港に着き、いよいよ、華子さんのご主人、S氏とも、わかれる時がきました。。
お互い、握手です、、右手で握手していたのが、すぐに、左手でも・・・両手の握手でした
10秒・・・20秒・・・30秒・・・どれ位手をつないでいたでしょう・・・
このままでは、泣いてしまうやと思い、S氏の顔を見るとご主人も同じでした
仙台でお会いしてから、初めて会ってから時間にすれば、20時間程しか経ってませんが・・・
普段でしたら、有り得ないですよね・・・男同士がこんな風になるなんて・・・
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思い切って、仙台に来てよかったです。。
自分の目で、見れて、、また、今まではブログを通しての友達と云うか、知り合いになってましたが
勝手に自分が思っているだけかも知れませんが、、本当の友と胸張って云える方が三人も一度に
出来た事・・・来てよかったとつくづく、思いました。。
色々と教えてもらって、仙台と云うところは、いい所やなぁと思いました。。
市内からでも夏、海に行くのにも車で30分ほど・・・・・同じく、冬はスキーをするのに30分ほどで
いける事・・・・・・いいですよね。。
そして、又、目にした仙台の方々、みなさん、あんなに辛い目にあったのに、ご近所同士、励ましあって
団結しあって頑張られていました。。
そういった姿を見ると僕らはもっともっと気合入れなあかんなと、より強く思いました
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仙台空港で働かれておられる方々もそうでした。。
一生懸命されているのが、伝わってきます。。みんな、黄色のジャンパーを着られ一生懸命、笑顔で
接しられていました。。
僕は飛行機に余り乗った事がありません。。どっちに行けばいいのか、トイレは何処なのか・・・
そんな私に親切に教えてくれました、、搭乗手続きの際、、担当してくれた方も元気に丁寧に笑顔で
接してくれました。。思わず、「がんばりましょね・・」って、声をかけたら、、その女性職員の方は
涙ぐまれました。。そうですよね、元気に働かれているように見える彼女達も又、この地震の
影響で少なからず、被害に遭われているんですよね。。
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私が大阪伊丹空港から飛行機に乗ったのは仙台空港が地震後、再開する初日でした
普段、飛行機なんて乗る機会なんて有りませんので、伊丹では気が付かなかったのですが
帰りの飛行機は前列二列目で窓側でした。。黄色い上着を羽織った職員スタッフの方々が総出で
滑走路近くから、全員が手を振って送って下さいました。。
飛行機が動き出す前から動きだしてからも飛び立つまで、ずっとです。。
飛行機が少しづつ動きだしてから、飛び立つまで・・・・・何分あるんでしょう・・・・
ずっと手を振って飛行機に乗っている我々に手を振って見送ってくれました。。
写真では解りづらいと思いますが、飛行機に乗る際、お菓子の包みと一緒に入っていた、
空港職員の方々の手書のメッセージです。。
手書ですよ・・・・・・
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僕は今、こうして大阪にいます。。やらなきゃいけない事は本当にたくさん有ると感じてきました。。
色んな問題、たくさん有ります。。
現実、たくさんの方々が色んな所で動かれています。。
今回、思い立って一人で行動しました
つくづく、一人では出来ること、限界が有るなと思い知らされました・・・
ですが、同時に一人よりも二人、二人よりも三人、三人よりも、もっともっと、男女を問わず力を合わせれば
もっともっと、被災に遭った東北の皆様や、遭わなかった我々をを含めた人々に立ち向かう勇気や元気
運べれるんじゃないのかなと思えて仕方ありません
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長々と本当に長い文になってしまいました。。
最後まで御覧になって頂きました方、ありがとうございました
これからも、又、出来る事を継続してやっていきたいと思います。。
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被災されたみなさまに心よりお見舞い申し上げます
時間はかかれども笑顔が戻る日はきっと来るはずです!!信じています!!
一緒に乗り切っっていきましょう!!
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9010こと ・・・ 蔵十 木下宏信