昨年の夏からアメリカの独立リーグで試験運用が始まっている、トラックマンを用いたロボット審判だが、初年度の試験を終えて現場からは様々な課題が挙がっている。

 

まず1点目は、球審のコールが遅くなるということだ。トラックマンが投球を捉えるのはホームベース上を通過した時点のため、その時点でジャッジはできるのだが、それを球審に音声で伝える過程でラグが発生する様だ。現在もコールのタイミングや早さは審判員によって異なるが、コールが早い審判員に比べるとかなり遅く感じることが非常に多いという。この問題は、技術的な側面が強いため、今後情報伝達の仕方を工夫すれば改善される可能性が高い。また、人間の目でも容易に判断できるような投球は、ロボットのコールを待たずにコールをするということも解決のための手段のひとつであろう。

 

2点目は、ストライクゾーンが広がっているという指摘が選手から出ていることだ。次の動画を見て頂きたい。

 

https://www.baseballchannel.jp/mlb/73099/2/

「抗議した相手は…ロボット? 公平化図る“ロボット審判”が大誤審、ボール球を『ストライク』-ベースボールチャンネル(2019.10.17)」

 

野球を長年観ている方や、プレー経験がある方なら理解していただけると思うが、キャッチャーがアンダーハンドで捕球した投球がストライクになることは通常ほとんどない。動画の打者は当然不満が爆発し、結果的に退場処分になってしまうのだが、動画の次の画像にはトラックマンが捉えた投球がギリギリストライクゾーンをかすめているCGが公開されている。

 

これを見たMLB選手からは批判の声が多く挙がったのだが、これはロボット審判に落ち度やシステムトラブルがあったわけではない。このような事態になってしまったのはストライクゾーンのルールをそのままロボット審判に当てはめているからだ。

 

ストライクゾーンの定義は2019年公認野球規則によると、

 

定義74   打者の肩の上部と、ユニフォームのズボンの上部との中間点に引いた水平のラ

        インを上限とし、膝頭の下部のラインを下限とする本塁上の空間をいう。

        このストライクゾーンは打者が投球を打つための姿勢で決定されるべきである。

 

と記述がある。当然、この定義が定める空間を少しでも通過していればストライクなのだが、打者がバッターボックスのどの位置に立つかによってストライクゾーンは多少変化することをご存じだろうか。ストレートのようにリリースの時点から捕手のミットに収まるまでの落差が少ない球種は問題ないのだが、例えばカーブの場合は、横方向の曲がりだけでなく同時にも縦方向にも回転がかかり、沈むような軌道を描く。打者が前に立っている時は、ホームベースのギリギリで鋭く縦に変化しても、おそらく打者を通過した時には高めのボールゾーンを通過している。一方、打者が後ろに立っている場合は、その投球は高めいっぱいのストライクになる。低めの投球も同様、チェンジアップのように打者に近づくにつれて沈む軌道をえがく球種は、打者が前の方に立っていた時の方がストライクになる確率が一般的には高まる。

 

また、近年はMLBのみならず日本でも早い速度で鋭く大きく変化する変化球を投げる投手が非常に多くなった。動画の投手もカーブ系統の球種(おそらくナックルカーブかパワーカーブ)だが、このような球種に対して人間の審判員が数センチ、数ミリでもホームベースをかすめたかどうかを一瞬で判断することはほぼ不可能である。だから、このような投球に対しては人間の感覚や経験的にボールがコールされてきたのだ。

 

この一件を受け、アメリカでは今、ロボット審判の低めのストライクゾーンを調整する動きが広まっているという。

 

しかし、本当にそれでいいのだろうか。私は非常に疑問に思ったことがある。前述した通り、ロボット審判がストライクとジャッジしたのは、野球規則が定めるストライクゾーンの定義によって指定された空間を投球が通過したからである。そのルールを超えて、人間の感覚的なストライクゾーンにマッチするようにストライクゾーンが調整されてしまうのはいかがなものか。

 

これがまかり通るということは、他のあらゆることが機械やロボットの都合によって、ルールを超えて簡単に変えられるようになってしまうことに繋がりかねない。野球に限らず、スポーツは、ルールが前提になければ成立しない。ルールは本来、そのスポーツ自体を一番上から支配しているものなのだ。人間だろうとロボットだろうと、審判の仕事はルールに基づいてジャッジを下すことであり、その審判がルールを事実上破る形でジャッジを下すことは断じて許し難い。

 

今回の件でまず、アメリカの野球界がとるべきだったのは、ロボットの調整ではなくストライクゾーンの定義を改正することだろう。ロボット審判の精密なジャッジによって、打者、もしは投手が著しく不利益を被るのであれば、ルール変更のれっきとした理由になる。個人的な考えでは、従来のストライクゾーンの定義は、近年の球種には十分に対応できていないとも思っているので、その点も含めてしっかり検討をして頂きたい。

 

以上のような課題があるロボット審判だが、私はそれでもロボット審判の導入を推奨したい。次回はその理由を述べていく。

 

#4に続く