ゴッホ展でおそらく売価が一番たかくなりそうな画のひとつである向日葵 物のまざなし に触れられている向日葵は 花瓶の12輪の向日葵 と 4輪の枯れた向日葵 であるがあいかわらず文書が難解であるが
・・・・・要するに、色彩が物の核心部におかれた非人間的な目として、そこからみずからに見えるものを見ると同時に、われわれに見るべきものを見るように誘うのである。・・・・・
・・・・・向日葵の鉢は孵化を待つ卵のように緊迫し、画布の空間を緊張させる太い線に圧縮されている。そしてその黒い線は鉢がのっている台と壁を分かつ角あるいは境目のところまで延びているのである。この線は鉢の湾曲と同時に遠近法の角度を示し、その集約力がこのセラミックの花 を激しくデフォルメしながら、一本一本のひまわりにとぐろを巻いたような印象を与えるのだ。そこには、背景の緑とオレンジ色の花とのあいだで演じられるドラマ、そのたたかいの全強度がこめられている。・・・・・と感覚的にはわかりかけるが、4輪の枯れた向日葵に記述のほうがわかりやすい
・・・・・向日葵の目がわれわれを見つめている。それは青い坩堝のなかの、炎のようなオレンジ色で縁取りされた燃え立つような目だ。花といっても、そこにはもう複雑な葉叢しかない。・・・・フィンセントが少なくともヌエメン時代から念頭におきつつ続けているスコットランド織をもっともよく体現したものいである。・・・・・その爆発と消尽のあとに、無数の金色の塊が現れて世界を満たし、画家はその世界の魂を探索すべくわれわれを誘う。これが出来事というものなのだ。・・・・・
こうしてみると読書をするひとはあるきっかけがあれば画が読み取れるようになるのではないかと思うのだが